過去ログ1@Annex(April11-May2 2004)

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小さなこと・大きなこと(April 6th,2004)

イラクは内戦状態ですかね・・・
もうはるか昔に仕事でイラクに行ったことがあるのですが
実際のイラクの人々はちょっと下町の人情溢れる日本人みたいで
好戦的な人たちだとはとても思えませんでした

報道というのは事件が起こっている部分をクローズアップするから
昨日のアメリカに雇われていた民間人の虐殺や
今日シーア派のニュースなどを見ると
全てのイラク人がアメリカと戦っているようなイメージを与えるけれど
実際には騒いでいる人は比較的一部で
大多数のイラク人はこの事態にどうしてよいかわからず身を潜めているのでは
ないでしょうか・・・

はるか昔に仕事でお付き合いしたアラブ人の人たちが話してくれたことから
そもそもイスラム教というのはジハードばかりして戦っている宗教ではなく
最後の預言者であるモハメットの教えの下で
信じる者達にとっては
公平で慈愛に満ちた宗教だとイメージがあるのですが・・・

彼らに平和は本当にくるのでしょうか?
なんか逆のコースにむかっているような気がするのですが・・

でも、本当にすごいことっていうのは後ろ向きにしたそのすごさがわからないのかも
しれませんね・・・

そうそう、地下鉄サリン事件のときも、
朝、丸の内線の銀座駅で駅員さんが
「築地でガスの噴出があったみたいで有楽町線は止まっています」
と一生懸命していたのですが
そのときには築地の駅がとんでもないことが起こっているなんて
夢にも思わなかった

考えてみれば芝居の世界でもあとですごいなっておもうような
現実がけっこうあって、たとえば
昔、夢の遊民社の「回転人魚」というお芝居を見たとき
夢の遊民社がこんな伝説の劇団になるとは
おもいませんでしたものね・・・
ただ、マニアックだけれど惹かれるものがすごく多い
お芝居だという感想はありましたけれど・・・

それを言い出したらシアターグリーンの
「朝日のような夕日をつれて」や
「天使は瞳を閉じて」(初演 藤谷美樹が出ていたやつ)
もすごい芝居だったけれど・・・

加藤健一の「審判」も今にして思えばすごかったな・・・
スペース107でMotherがやった
「子供の一生」も今にして思えば宝物のようなお芝居です

やっぱり生は見ておくものですよ・・・
時間が物語を含ませるような類のお芝居をみると
それだけである意味一生物の財産ですから・・・

人間好奇心を忘れてはいけません

R−Club

お約束?(April 4th,2004)

ちょっと事情があってYahooのプレミアム会員になっているのですが
そうするとYahoo動画を閲覧することができるようになります。

で、いい年して恥ずかしいのですがちょいとはまっているのが
「東京ミュウミュウ」というアニメ・・・・
最初はなんかセーラームーンのぱくりかとも思ったのですが
ついつい貧乏根性(せっかく月額うん百円支払っているのだから・・・)
で見出したらけっこうおもしろくて・・・

間違っていたらごめんなさいなのですが
「うる星やつら」とおなじプロダクションの作成ではないかと・・・
ギャグの質がけっこう似ていたりするもので・・・
アニメの世界は作品の匂いがにている場合がよくあって、その中では
一種のお約束があって、そのなかで笑えたりする・・・

まあ、マンネリといえないこともないけれど
マンネリは人を安心させる効果があるのも事実ですし・・・

芝居の世界にもそういう「お約束」みたいなものがあって
劇団の顧客囲い込みに役立っていたりするみたいです

一番昔だと、キャラメルボックスの大森さんの
「おなかがすいた、腹ペコだ・・・♪」
第三舞台の長野里美さんがかぶりものをするするとか・・

表現には人に対して安らぎを与えるものと
人にテンションをかけるものと両方あるのでしょうね・・・
それらがスパイスになって、人は劇場へと足を運ぶようになる
表現に対する帰属意識とでも言いましょうか・・・

でも、大変なのだろうと思います
それらのお約束はひとつ間違えると水をよどませることに
なるでしょうから・・・

バランスの問題なのだろうけれど
綱渡りをきちんとできるのはそれだけで才能だとおもうし・・・
居心地のよさと革新性の両方を備えていないと
いずれ観客は劇場からはなれていってしまうのだろうし

演劇の観客は気まぐれな王様だし、
王様を奴隷にするほどの作品ってそんなにないし・・

40話以上の連作アニメをみながらふと考えてしまったことでした

R−Club

こういう女優さんがいると・・・(March 31st,2004)

とあるHPを見ていてふっと思ったこと・・・
目立つ女優さんじゃないけれど
お芝居を見るたびにきちんと印象に残る女優さんって
大切だとおもいます。

きちんと印象にのこるためには
いろんな状況をしっかりと作れるような器用さと
舞台全体の強さに流されないだけの力が必要・・

たとえば、昔離風霊船にいた一ノ瀬真美さんとか・・・
双数姉妹の大倉マヤさんとか・・・
自転車キンクリートが現役バリバリだったころの
歌川椎子さんなんかも同じポジションでしたね・・・

まあ、そういう世界で一番メジャーなのは
多分戸田恵子さんだとおもうのですが・・・
あとナイロン100℃の松永玲子さんなんかも一時そういう位置に
いた気がする・・・

そういうなかで最近すごいなって思うのが秋山菜津子さん
「人間御破算」の怪演もすごかったけれど
「透明人間の蒸気」でもきちんと存在感のある演技をされていました
モノトーンに近い舞台の中で、なおかつ透明感のある宮沢りえの存在感が
幅を利かせる中で、きりっとした色をもった演技ができるところがすごい

もちろん他の女優さんたち同様舞台上での美しさをきちんともっていますしね・・・

よいなって思う舞台はこういう女優さんに支えられているのだとおもいます

当たり前の話ですが・・・
なんかひらめいてしまったので・・・

http://rclub.web.infoseek.co.jp/

おいしい水を飲むように(March 29th,2004)

宮沢りえといえば、TVや映画の人というイメージが強かった。
舞台を維持する力が本当にあるのか
実は疑っている部分があった。

大変失礼いたしました。

Noda−MAPの現公演「透明人間の蒸気」で彼女が見せた演技は
まさに出色もの・・・
美しいというのは見る人の主観によるけれど
演技の力強さとか、演技の透明感は
この人でなければできないものを間違いなく持っていました

たとえて言うなら、適度に冷えたおいしい水をたっぷりいただいたような感覚
ふぅっと息をはいて見たくなるような時間

芝居自体もこの国やこの時代を感じさせるだけの十分な厚みを持った内容で
ちょっといろんなことを考えさせるだけの深さをもった出来でした

この芝居はお勧めかって?
超おすすめですとも・・・。チケットはすべてソールドアウトみたいですけれど・・・
当日券をゲットできれば超ラッキー・・・

よい芝居っていうのは争うようにして席を押さえないとみることが出来ないみたいです

劇評は

R−Club

へどうぞ・・・

 

ホールに対して・・・(March 28th,2004)

3月24日に「ハルシオンデイズ」=KOKAMI@NETWORKを見てきました。
正直いうと4割の満足感っていうところかな・・・

くわしい劇評は
R−CLUBの本館をみていただきたいのですが

R-Club

彼のホームグラウンドのような紀伊国屋ホールでの公演を見て・・・
ちょっとさびしくなりました。

昔、「朝日のような夕日をつれて」が上演されたとき
このホールは輝いていました。
すこし低めの椅子、木のぬくもりが生かされた壁・・・
そのなかで鴻上氏は数多くの物語と感動を紡いできたわけで・・

今回のように不可思議な出来の芝居が同じところで演じられると
なにか時代の流れを感じてしまいます

ホールはあくまで器だとおもうのですが、
器は料理によって彩が変わるということでしょうか・・・

うーーーん

鴻上演劇はどうなったかな?(March 24th,2004)

明日、久しぶりにKOKAMI Networkのお芝居を見に行く予定です。

鴻上さんのお芝居を見に行くのもひさしぶりで・・・
一番最初に彼の芝居を見たのは、シアターグリーンだったと思います。
「朝日のような夕日をつれて」
ゴトー待ちがベースになっているといわれていますが
本質にしっかりとコアをもったお芝居であり
たとえどんなに表層的な表現があろうと
コアの部分は荒波の深海にたたずみなにかを
みつめているような印象がありました。

彼の芝居の最高傑作は多分初演の「天使は瞳をとじて」あたりだと
思っているのですが、あのとき、羽根が振ってきて役者の表情がふっと変わる瞬間の
ぞくっとくるような感動は、その後私が見たどんなステージでも
感じることが出来ないものでした

だから、時代が彼を取り残していくのが本当につらく思えました
取り残していくというよりは、むしろ彼のとがった部分に引っかかっていた時代が
古い壁のようにはがれ落ちていったような感触すらありました。

思えば、彼が思っているほど、世の中の価値観は破壊しつくされなかったのかもしれません
分子のレベルでの再構築が必要なほどに
世の中は破壊しつくされなかったのかもしれません。
世界は思ったほどいろんなことを失わず
むしろ醜く思えるような時代のかけらが、不思議とスマートに新しい時代に吹き寄せられていったような
イメージがあります
吹き寄せられたものたちのリレーションは彼が伝言ダイヤルで存在を示したネットワークから
彼をを凌駕するように熟成を重ね
手の届かない高さまで成長して、彼の輝きを奪ってしまったように見えます
彼のもつ刃物はクールに切り取るものを失い、すこしさびて、存在自体が無粋な感じになってしまいました

明日見に行く芝居は「トランス」が原型になっているそうです
それは、ステレオタイプな関係性に彼が持つ刃物の最後に切れるところを当てた作品だと
思っています。

はたして彼の言葉はきらめきをとりもどしているのでしょうか?
彼はそこにいるのでしょうか?

何かを確かめにいくような気分になっています
彼が切り取った時代こそ、今私が一番センチメンタルな印象をもつ日々だから・・

結果はまたご報告いたします

お引越しのご挨拶ですMarch 21st,2004)

R−ClubというちんけなHPの雑記帳的な部分を
こちらに移すことにしました

新しい情報発信ツールという感じもあるし
いろいろ便利な機能もついていそうだし・・・

ひさしぶりに自分のことだけ出来るちょっと肌寒い午後は
コンテンツのお引越しに最適ということで・・・
まぁ、それほど何を書いたというほどのコンテンツでもないのですが・・・

そうそう、ココログの通りすがりにちょっとおより下さった皆様も
よろしければ、R−CLUB本館の劇評をごらんいただければ
うれしいです

URLは下のとおり

よろしくお願いいたします

R−CLUB (Riichiro's Petit Comment For Stage&Performance @Tokyo)