Stage/stage2
演目 劇団・プロデュース 場所 日時
Occupy

双数姉妹 Theater Tops 2003年5月24日ソワレ
 

作・演出・舞台美術

小池 竹見

出演

小野啓明・小林 至・今林久弥・五味祐司・阿部宗孝

井上貴子・大倉マヤ・吉田麻起子・吉富光宏

中村 靖・近藤英輝・古山憲太郎

野口かおる・亀岡孝弘・伊藤伸太朗・小池竹見

佐藤拓之

 

 

劇評

芝居のキャンバスは空間である。

空間に満たされるのは虚構である

虚構の色と配列によって芝居は表現となる。

観劇後そんなことを考えて劇場のあるビルを振り返ると、

今回の公演で双数姉妹が作り上げた世界の秀逸さがよみがえってきた

 

芝居は3つの空間でなりたっている

「Nikko」として演じられる芝居の世界

「Nikko」の楽屋として演じられる芝居の世界

カズノコ島(?)開放を目指すテロリストが占拠した「Nikko」が上演されているシアタートップス

芝居が始まると同時に観客は3つめの空間にいきなり放り込まれる

観客がひとときとまどいながら、自分の位置を確かめようとすると

ちょうどの頃合に虚構の世界から3つ目の空間に野口かおるが送られて・・・

観客が野口かおるのせりふに自らの置かれている位置を自覚した瞬間

この芝居の虚構が重なり合う空間にできた

ブラックホールにとりこまれている自分に気がつくのだ

 

実はこの芝居が成り立つにはかなりの綱渡りがあるのだと思う。

まず、「Nikko」という芝居空間に、上演に足りるような芝居としてのクオリティがなければならないだろうし

テロリストが芝居に割り込む度合いにも必然性と加減がなければならないだろうし

客席で演じる役者のこうもりのような立場に不自然さがあってはならないだろうし・・・

いずれが欠けてもこの芝居は非常に陳腐なものに成り果ててしまうのだろうと思う。

しかし、その綱を渡りきるところに今の双数姉妹の底力がある

小池が作家として「三猿の設定」のような工夫で苦もなく(?)「Nikko」の戯曲としてのクオリティを作り、

小林・今林・五味・井上・阿部・小野・大倉・小林・吉田といった役者がけれん味なく「Nikko」を演じきることで

上演されている芝居とテロリストの現実という2重構造にリアリティが生まれた。

佐藤らはテロリストとしてのリアリティにおいて客席に緊張感すら与えて

見事に芝居とテロの世界をつなぎ

さらに観客席のユニット、特に野口の放埓にすら見える演技は

一気に客席までも虚構の空間に引きずり込んだ。

ここに3つの空間は非日常的なひとつの空間に集約され、観客はすべての虚構に取り込まれてしまう。

しかしこの芝居に秘められた深さはそれだけではない

綱を台本と役者の安定した演技で見事にわたりきるだけでも双数姉妹の実力は賞賛に値するのだが

楽屋のシーンをはさみこむことでもわかる「Nikko」を劇中劇とする虚構としての割り切りと

小池竹見が「Nikko」の演出家として出てくるような

虚構に透かして見せる芝居の空間にある現実の露出についてのバランス感覚が絶妙であるため

観客はとりこまれただけではなく、傍観者としての視点と当事者としての視点の区別を奪われてしまう。

結果として、終盤、野口の伏線としてのせりふが再び語られ、大倉が花を手向けるとき

トータルとしての「Occupy」という芝居空間のなかで

演劇の緊張感をとりこんだ自分と演劇にとりこまれた自分という合わせ鏡の中に

観客は見事に追い込まれてしまうのだ

 

役者のなかではやはり野口が目をひく。

たまたま通路を隔てた向かい側の席(C9とC10の関係)での彼女の演技を見たが

近くで見ても大きな演技に無理がなく強さと繊細さが見事に共存している。

ほとんどの時間が客席での演技であったが、

テンションにはみだしがなく見事にコントロールされ彼女のキャパの大きさを感じた。

佐藤もいい。占領者のリーダーとしての感情の高ぶりと冷静さが

とても丁寧に演じられている。

他の役者も総じてベースがしっかりしているというか

無理のない芝居がしっかりとできている印象を持った。

 

小池の想像力と双数姉妹役者陣の力が見事に実を結んだこの作品は

好き嫌いに近いような多少の賛否はあるだろうが、

明らかにこれまでの双数姉妹の世界を超える何かを持っている。

 

劇中劇などもとりいれた多重構造の演劇は第三舞台などにも多く見られたが

観客をいじることなく取り込んでしまうような手法は

寺山演劇が提示されはいるものの

現実には双数姉妹の新境地だと感じる

 

決して劇場という空間以外のメディアでは表現し得ない

しかし表現の可能性を大きく広げる

新しい領域へと双数姉妹はふみこんでいるのだ。

もちろんそれは同じことを何度もくりかえして同じ表現ができるという意味ではなく

表現をするときに既存の方法をとらず新しい領域での試みをおこなうだけの

力を双数姉妹が持っているという意味ではあるのだが・・・

 

いずれにしてもOCCUPYは

双数姉妹にとってはとても実りの多い作品だったのではあるまいか・・

 

 

 

評価:★★★★★★★★★☆(+)

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