| 演目 | 劇団・プロデュース | 場所 | 日時 |
Mrs.P.P.Overeem |
庭劇団ペニノ | ウエストエンドスタジオ | 2003年11月1日ソワレ |
作・演出 : タニノクロウ
出演
安藤玉恵
鷲尾英彰
劇評
モチーフというか舞台の下絵になっているものは
けっこうステレオタイプな感じがする。
男性の視点で考えうる女性の一生
ありふれた形で提示されるイメージ
排泄・尺八・崩れる壁、どじょう・・・・
提示されるイメージの基本は表層的とも感じる
しかし
作者の秀逸な表現手法と女優の女性を演じることへの才能の開花は
舞台上の1時間に大きなふくらみを生み出し
半個室という閉塞した客席の中で
口当たりがよく、しかも強い印象を観客にあたえることとなった
砂を敷き詰めた円形の舞台
上部中央に浮かび、流れる文字が実に効果的で、
見るものの想像力にしっかりしたフレームを与える
生まれたばかりの女性、その思考空間を蝋燭一本で見事に照らしてみせる
観客は心地よい音楽に誘われて
ほの暗い空間を凝視する中で
自らが舞台上に惹き込まれていることさえ忘れていく・・・
羞恥を知ること、少女から女に代わること
性に身をゆだねること
生活を手に入れ、生活を背負い年老いていくこと
男性にとっては知識の領域でしかない
ありふれた、教科書のような事実、
あるいは新聞や週刊誌のキャッチタイトルを想起させるような概念が
作者の想像力に彩色されて透明感のある空間に構築される
男性の視点で捉えられた概念
美化、歪曲化、しかも痛みが付随しないイメージの展開・・・
砂、一杯の水、歯車
シンプルで美しく乾いた場所、
形骸化したとさえおもえる女性の内面イメージの具現化
安藤玉恵という女優は
女性の匂いを天性として演じられる女優である
過去のポツドールにおける彼女の演技、
あるいは短編映画の彼女を見るにつけても
彼女の演じる女性には平板なリアルさを凌駕したというか
女性が本来持つ薫りのようなものが感じられた
今回の安藤は女性の薫りをより一層舞台上に漂わせる
いらだち、苦痛、やすらぎ、とまどい・・
システムの提示、システムへの恭順、システムから離脱・・・
空間に提示された概念が乾いていればいるほど
わがままにさえ思える
彼女の、生きた女性としての存在が観客を包み込んでいく
文字での問いかけに対する
安藤の芝居のなかでの数少ない(一箇所だけ?)言葉としてのせりふに
彼女の内面が一気に開示される
舞台と女優の間での「女性」というコンセプトの同床異夢が
一層観客を舞台にひきつける
後半、壁がくずれ、狂気が生じるあたりから時間が一気に加速する
やがて、舞台の中央が開き
水がたたえられた部分が現出するとき
水の中の生き物の泳ぐシーンのリアルさ
その中に足をいれしゃがみこむ安藤の淫靡とさえ思える美しさ
舞台空間と女優がはじめてしっかりとシンクロする
それは狂う時間を経なければ男女の概念のシンクロはありえないという
作者のメッセージなのかもしれない
最後に作者は、彼女に重荷を背負わせる
システムへの回帰、概念が舞台を覆い
廃体として彼女は舞台にとりこまれ
舞台空間は終幕へと収束する
庭劇団ペニノは私にとって初見でもあり
私が感じたもののどこまでが
作者によって意図されたものであるかは想像もつかない
しかしながら、既成概念をとりこみながら
既成概念をデフォルメして人を惹き付けるなにかを作り出していく
十分な力量を感じることができた
かなり前衛的な舞台ではあったが
コンセプト自体がデフォルメされているのではなく
しっかりと形をのこしたものからの変容であるために
提示された記号に難解なものが含まれているにもかかわらず
見るものにストレスがすくなく、
そのことが口当たりのよさを観客に与えることに成功していたとおもう
舞台装置の美しさや蝋燭をふくむライティングの巧みさ
安藤玉恵の演じる女性が発する強い薫りとあいまって
とても印象に残る舞台であった
評価:★★★★★★★★☆☆(+)