Stage

Stage/stage2

演目 劇団・プロデュース 場所 日時

激情

ポツドール 下北沢駅前劇場 2004年6月27日ソワレ

 

脚本/演出・三浦大輔

出演

米村亮太郎・仁志園康博・小林康浩・古澤祐介

安藤玉恵・坪内有子・大西智子

富田恭史・石井裕太・鷲尾英彰

タニノクロウ・高多康一郎

劇評

きわめて実直に作られた芝居だと思う

彼らの過去の作品がそうであったように

適当な重さを与えられたいくつものシーンが

絶妙なスキーム、構成と演出によって

きわめて自然な形で演じられていく

田舎のどこにでもありそうな

借金、女性関係、上下関係などでつくられた

登場人物間の立場の差が

役者達の言葉や動作で表現されていくとき

観客も舞台と同じ価値観にとりこまれて彼らの中にいる

生活やさまざまな営みの香りまでが伝わってきそうな秀逸な美術

台詞や仕草に仕組まれたさまざまな関係

観客を抵抗なく引き込む現実とのトリガーに溢れた

細やかなさまざまな表現こそが

ポツドールの真骨頂だと思う

 

三浦脚本は作られた世界をデフォルメすることなく

現実と同色で中庸に描いていく

基本的な部分を足すこともひくこともしないで

表現するためには一般的に演劇ではぼかしてしまうような部分まで含めて

過去のセミドキュメントと同じようなタッチで

あらわしていく

決して太くも派手でもないが

したたかさを感じる物語設定

そこからゆっくりと浮かんでくるのは

無視をきめこんでいるような主人公の借金に対する感覚

働こうという意欲と意欲が萎える構造

女性達の性への貪欲さと男性達の性への欲望

表面上の友情と内側にある愛憎・・・

差別感情・憎しみ・・・・

さらにはうぬぼれまでも・・・

一見教育テレビのドラマのような人間関係にかくされた

しかけの巧みさ

そして事象が熟成していく時間設定の秀逸さ

夏に設定された建前の力関係や愛情が

冬になって朽ちていくまでの物語の重さと軽さの絶妙なバランス

村という半クローズの社会での真実

あたりまえのカタストロフであるがために

よりこっけいで切実な結末

一般がイメージする今と彼の作る時代はイメージが真逆であるにもかかわらず

現実がにおいたつのは彼が創造する世界であることに

観客は戸惑いと共感を感じ

さらに舞台にひきこまれていくのだ

 

女優達の出来が非常によい

3人の男を渡り歩く農協職員を演じた大西智子の存在感

表面上のはかなさから透かし模様のように現れる

内側のしたたかさをきちんと表現する力

坪内有子の表現するずるさのようなもの

まるで自動的にスイッチが変わるような女性心理を

無理なく観客に納得させる力

極め付きは安藤玉恵のあけすけな態度と

最後に子供が出来たときの強さ。

最初のシーンから

なまなましく女性として決してきれいではない強さを

きわめてリアルに表現しながら

同時にちいさな振れのようなものがしっかりと存在している演技のすごさ

リアリティをきちんと感じさせる女優としての演技のなかでの

しっかりとつらぬきとうすような強さを表現するスキルには

彼女の演技力のさらなる広がりを感じる

 

男優陣も人物の存在に違和感を感じさせない演技に好感が持てる

米村亮太郎の感情の出し方には屈折感がしっかりこめられているし

小林康浩の演技にはたてまえとずるさの間で

常に自らを正当化する男性の弱さが見事に表現されている

仁志園康浩や古澤祐介の心の屈折もきっちりと表現されている

 

この作品の個々の場面について言えば猥雑な感じもするし

作為的な表現の力配分のいびつさも感じる

ただ、ひとつずつのシーンを重ねていくうちに現れる

登場人物間の見せ掛けの信頼や亀裂のようなものが

ゆっくりと人間が本来持っているものの形にかわっていくと

さまざまな事件や感情の提示も、田舎町の小騒動の話だけではなく

人がもっと原点にもつ感情についての巧みな表現に変貌していく

猥雑さが風景に変わり

人が根源的に持つ愛憎の影となり

流動的な感情の推移すら

きれいに浮かび上がってくる

拍手を許さないような終わり方までが

三浦の作り上げた世界に対するこだわりのような気がして

ますますこの舞台にあった表現の豊かさを考えることとなった

 

ポツドールは秋に次の芝居を予定しているという

全席指定なのだそうである

この舞台を見る限り次回はチケット争奪戦の予感もする

一定のレベルを期待されて裏切ることなく

さらに何かを付け加えてくれる劇団に

ポツドールが進化をしたことを

十分に確認させる舞台となった

 

評価:★★★★★★★★★☆(+)

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