| 演目 | 劇団・プロデュース | 場所 | 日時 |
ファンシー |
双数姉妹 | THEATER/TOPS | 2004年7月03日ソワレ |
脚本/演出・小池竹見
出演
五味祐司・今林久弥・中村方降・桑原裕子
佐藤拓之・中村靖
小林至・阿部宗孝・吉岡光宏
吉田麻紀子・近藤英輝・大倉マヤ
劇評
引き込まれる芝居とはこのようなことをいうのだろう
あせることなくゆったりと作られた芝居でありながら
だれずにしっかりとした緊張感を持ち続ける舞台
役者達の台詞や動作から生まれる数多くのニュアンスは
その豊かさで一見シンプルなストーリーに深くやわらかな感触をあたえ
広がりの大きな感動を熟成することに成功した
まず、役柄に応じた役者の使い方が絶妙である
時間の経過によって存在が大きく変わった家族の父親役に
佐藤と中村を当ててその変化を見せながら
一方で昔の母役と今の兄夫婦の妻役に桑原をあてて
女性というか妻が共通して持つものを浮かび上がらせていく
また、二人兄弟を二組(父親の世代・今の世代)登場させて
その対比のなかで兄弟の関係を表現していく
この構図がだんだんと明らかになるにつれて
舞台上のできごとは
単純なそれぞれの登場人物の心の動きから
過去と現在のそれぞれの立場にある登場人物の
からまりあった心の変遷や、
夫の立場、兄弟の立場の表現にまで広がっていく
それは人が時とともに抱えてきたものや失ったもの
変わっていくものと変わらずに残るものを含めた家族の物語へと広がり
夏の日差しに照らされた今日を支えるようにある
複雑に溶け合う家族や友人との日々に包みこまれていく
観客がこの物語に引き込まれていくのは
舞台上に描かれていく物語上のありふれたことが
ひとつの言葉や仕草でどんどん奥行きをまして行くからではあるまいか
会社を辞めた弟の兄嫁に対する遠慮や兄嫁のとまどいに始まり
お互いが見ているものやお互いが見えていないものが
ひとつずつ開示されていくたびに
観客は物語のピースがどのようにはめられるのかの謎解き結果を
自然と心待ちにする
そして次、さらに次・・・
同時にひとつのピースに仕込んであった伏線が
別のピースが開かれたときにさらに開示される仕掛けまであって・・
パリがからんだエピソードにいたりさらに
すべてのピースが開示されたとき
観客は痴呆になった父と子供達が時代を超えて感じた思いを
同じおもさで受け止めて・・・・
そして自らの意思をこえておとずれる感情に目頭を熱くすることになる
実は私にはひとつだけ繋がらない伏線めいたものがあったのだが
(今の今林にかかってくる電話の件)
そんなことなどはるかに凌駕するほどの
強い求心力のようなものをこの舞台に感じた
そもそも舞台上に現出する間の美しさはどう表現すればよいのだろう
たとえば言葉をやみくもに発するのではなく、
言葉を飲み込むことよってに伝わるものを
小池や役者はきちんと知っているように思える
仕草ひとつひとつにこめられたニュアンスの豊かなこと
一番感心したのは妻が帰ってきたときに
父が扇風機を首振りにかえることによって示す受け入れの気持ちだが
それ以外にも介護福祉士が状況を父に合わせようとするときの
一瞬のとまどいのような間や
今の兄嫁が「パリに行きたい」というときの
思いのこもった一瞬の無表情
これら一つ一つが開示されるピースに重さと深さを与え
ピースの重さや深さは観客が感じる想いの強さにつながっていく
演じる役者もさらに進化している気がする
今回の五味は演じる愚直さに以前のような気負いというか無理がなくなり
その分観客に受け入れられる部分が多くなったと思う
今林・佐藤の演技は相変わらずクリアに人物を表現する技術に長けているが
今回の舞台では裏と表の間にある言葉で表現できない部分を
しっかり演ずるだけの才覚をみせつけてくれた
桑原は前回の双数姉妹出演以来数年ぶりに見たが
彼女のもつ包容力のような部分には相変わらずひかれる
同時に心の内側と表面の一瞬の乖離に生じる一種のドライさのようなものが
他の役者に演じられないであろう秀逸なニュアンスを作り出していた
この独特の切れと深さのようなものはまちがいなく役者としての彼女の武器だと思う
吉田の演ずる介護福祉士としての真摯さにはきちんとした裏づけを感じる
昔の姉とのちょっとした二役が成り立つのは
一方でぶれのない介護福祉士を演じているからにほかならない
介護福祉士がもつ優しさの裏の強さと
呆けた父が惹かれるだけの魅力を舞台上の彼女は持ち合わせていた
他方軽さというか強めの軽薄さが必要な役柄もあり
今回でいえば中村靖・近藤あたりがそれにあたると思われるが
弱さの外にある表面的な強がりを演じるだけの力量が彼らにはあった
女優では大倉が同じ立場になるが
大倉の目と足の投げ出し方には毒婦としての説得力と
彼女が役柄上持っていなければならないであろうB級的な安っぽさがあり
舞台の色をしっかり作っていた
あと幼馴染軍団では小林が弱さとずるさを目で表現できていたし
今林との間の過去の秘密を伏線としているあいだの戸惑いの間が絶妙に思えた
阿部・吉富といったこところも目立たないがそれぞれに含むものを
きちんと提示した演技でそれが最後にしっかりと開花していたようにおもう
中村方降は初見であるが、彼の演技こそが感動の根源であったと思う
佐藤演じる若い頃に持っていた強さが枯れて
それでも芯の部分が残っている父の筋の通し方は
芝居の中の佐藤の演じる部分と見事にシンクロしていた
そのシンクロこそがこの芝居の大きな柱であり
今林が呆けた父に忘れられながら
父や父の時代に起きたを受け入れていくことへの
見事な表現に繋がったと思う
小池竹見は最近の数作で
過去の事象や時間を受け入れることを
表現し始めているような気がする
そこにある時間
たとえば舞台上に現出された強いライトや扇風機で表現された季節
そして同じ夏に起こったことへの受容
一つ一つのディテールは遠い毎日にうもれても
まるで化石を発掘するように
今につながるなにかがそこにあるとき
ひとつの大きな時の流れを人は想い
そして想いはゆっくりとこころをみたしていくのだと思う
舞台上で満たされた心は舞台を見るものを満たしていく
満たされる心には安っぽさも甘さもない
舞台での事象に観客の想いが共鳴しているだけだ
帰り道でもうひとつ思ったこと
大きな感動はゆっくりとやってくる
ゆっくりとやってきたものはなかなか消えない
今回の双数姉妹の舞台は
ゆっくりとやってくる感動を確実に観客に与えた
そして
感動をやっと飲み込んだとき
双数姉妹の新しい円熟期の始まりを感じた
評価:★★★★★★★★★☆(+)