| 演目 | 劇団・プロデュース | 場所 | 日時 |
| 鈍獣 (Don−ju) | パルコプロデュース | パルコ劇場 | 2004年8月14日ソワレ |
作:宮藤官九郎
演出・河原雅彦
出演
生瀬勝久・池田成志・古田新太
西田尚美・乙葉・野波麻帆
劇評
物語の緻密さということでいえば
もっと上手の作品はいっぱいある
三谷幸喜の作品や後藤ひろひとの作品には
今回の作品よりはるかに細かな伏線が張られ
それが機能している。
それに比べて、今回の作品は緻密さという点ではどうしても見劣りをする
特に心理の襞のようなものを描くという点においては
まるでコンクリートの打ちっぱなしを見ているような感じさえ受ける
しかし、物語の骨組みの強さのようなものがこの作品にはある
伏線というより伏鉄筋といったものが荒っぽく合わされて
物語が組み立てられていく
どこか粗野で荒っぽい物語のスキームは
繊細な心理描写では耐えられないような
人の心に巣くっている陳腐で、醜く、一方で根源的な
苛立ちをリアルに浮き立たせていく
ねずみの三銃士を結成した男優陣は
骨組みの荒っぽさを楽しんでいるようにさえみえる
古田新太の我侭や高慢さにはきちんと強弱が施され
舞台にある種の緊張感と間を与えていく
江田の持つ強いもろさのようなものを
手の中でゆっくり転がして気持ちよく客席に放り入れているような感じさえ受ける
凸山役の池田成志の人を喰ったようなあつかましさは
彼の十八番の演技を思い出させる
彼の表情は凸山の人間像にきちんと立体感を与えているのだが
立体でありながら一方でその一面しか見せられていない苛立ちを観客は感じる
役柄として小さい頃から排除される要因を持ちながら
一方で排除される側を侵食していくような強さを淡々と演じて
池田も気持ちよさそうに物語に絡んでいく
二人に比べて生瀬はやや縁の下の力持ち的な役回りであるが
古田と池田の個性をうまく吸収しつつ
小心な男としての存在感を十分に膨らませていく
彼の「否定のあとの肯定」演技が
流されること泣く観客にボディブローのように蓄積されていくのは
彼が一つ一つのシーンをしっかりと作り上げている何よりの証拠だと思う
それは池田成志との最後の絡みの中で見事に結実するのだが
銃を撃ち自分の意思を表すときの生瀬の一瞬の間と表情が実に秀逸で、
彼の持つ苛立ちの根源をほんのすこしの間で見事に表現してみせる
男優達が心地よさげに演技をしていけるのは
ひとえに宮藤の伏線の骨太さと荒さの賜物ではあるまいか
宮藤は
時間的ループという枠組みに
物語を包み込み
きちんとくくり目を押さえてそのなかで
タイトルとなっている「鈍獣」の姿と
「鈍獣」を排除しようとしながら中途半端にしか排除できない
登場人物たちの弱さと弱さを受け入れるやりきれなさのようなものを
表現していく
そのなかで手練の俳優達は打ちぱっなしの物語に
自分の好みの色をつけていく
細かい糸に縛られていないから
ゆったりとした枠組みのなかを
役者達は自分の能力をゆったりと溢れさせながら
演技をすすめていくことができる
その開放感は客席にまで伝わり
鈍獣を排除できない人々の住む世界への観客の同化までを呼び起こす
宮藤/河原の世界がシーンを積み重ねるごとに
観客は、その世界に足を突っ込んでやがてとりこまれていく
ゆるい、まとわりつくような、どうしようもない恐怖は
そのあとゆっくりと、しかし、しっかりと訪れる
女優陣はそれぞれに「役割をしっかりこなすぞ」みたいな気負いを持った演技だが
そのまっすぐな演技が
結果的にねずみの三銃士達の変幻自在の演技をしっかりうけ止めていたと思う
彼女達の演技は男優達のフレキシビリティに刺さった串のようになっていて
物語が観客から離れていくのを見事に防いでいた
西田尚美には常識のなかにある非常識の部分までを演技で表現する力があって
物語のコアの部分において建前の部分をしっかりと支えていたと思う
彼女がいることにより他の登場人物の狂気がきちんと色を持つことができた
しかも彼女の正常さをコアなものにしないのが宮藤流で
西田も正常さのあやうさともろさをきちんと表現していたと思う
乙葉は演技をしっかり前に出せる人で、彼女だけではどこか浮いてしまう感じもするのだが
今回のようにしっかり演技を受けてくれる男優陣がいると
舞台に見事な華をつくることができる
こういう華はある種の才能があって初めて舞台に咲き開くものだと思う
野波麻帆も乙葉同様印象の強い演技ができるが
彼女の場合引くような演技にも艶がある
なにか大きく化けそうな予感がする女優である
多分、宮藤の提示する恐怖は
観客によってかなり好き嫌いが出ると思う
しかし、好きとか嫌いとかいう部分を別にして
その下に眠っている人間のどろどろのようなものと
それらをさらけ出すだけでなく
「そこにあるもの」として受け入れるような宮藤の表現には
舞台上のさまざまなドタバタを芸術にまで引き上げるような
鋭さと冷徹さがある
さらに河原の演出には宮藤の物語がもつコントラストを
柔らかくしかし奥深く変えていくようなふくらみがあり
舞台上の時間に彼にしか出来ないような重さを与えた
結果として役者達の演技は浮くこともなく
しっかりと伏線ならぬ伏鉄筋を見事におおう壁となり
観客に言葉にならない余韻を持たせるに至った
良い作品であるが良い作品という範疇に入らない
何かを持った作品を見たような気がする
評価:★★★★★★★★★☆( ー)