Stage

Stage/stage2

演目 劇団・プロデュース 場所 日時
男子の好きなスポーツ ナイロン100℃ 本多劇場 2004年9月4日ソワレ

 

作・演出 ケラリーノサンドロビッチ

ステージデザイン:林巻子

出演

みのすけ・安澤千草・新谷真弓・植木夏十

京晋佑・松永玲子・廣川三憲・村岡希美

すほうれいこ・小沢真珠

長谷川朝春・喜安浩平・杉山薫

長田奈麻・皆戸麻衣・藤田秀世・大山則・廻飛雄

吉増裕士・眼鏡太郎・佐藤竜之慎・柚木幹斗

ダンス=ロマンチカ

横町慶子・池田明結未・山田絵美子・佐藤奈々子・曽我桃代

 

 

劇評

非常に良く出来た戯曲である

但し、演じやすい芝居ではないとおもう

役者の資質が問われる芝居であり

ナイロン100℃だから出来た芝居であることには間違いない

 

ストーリーは三つの軸からスタートして

しだいにからまりあってひとつの面を作り上げていく

物語は小気味よく、しっかりとした語り口で進み

見るものを飽きさせない

実際のところ前後半1時間35分ずつ(休息10分)の長い芝居でありながら

時間を感じることなく芝居に没頭することができた

小ネタでありながら秀逸な笑いもたくさんあるし

××ポやフェラ××などの言葉達から成り立つ

きわどい笑いも多い

しかし笑いによって興味をつながれたわけではない

ウツキから始まるものがたり、コモモザワキョウコから始まる物語、そしてコウヘイから始まる物語

その三つの物語をつなぎ膨らませる登場人物がきちんと用意されていて

見るものをひとつの世界にひきずりこんでいく

この物語の膨らませ方が実にすばらしい

ケラ一流の軽量感と充足感、そしてある種の柔らかい緊張感で満たされた空間が

切れのよいカット割で料理されていく

 

物語の中で語られる性・・・

いろんな意味でタブーとなり

隠され、ぼかされ、ゆがめられ、時には比喩のなかでのみ表現される

性のあれこれをケラはあたりまえに表現していく

男女の性に対する視点の違い

ステレオタイプな性のイメージと現実の落差

それらに対する一つ一つの表現のうまさといったら・・・

それぞれのケラの表現にも舌を巻くしかないのだが

それらが合わせ業で来たりするので

さらに芝居の間口が深くなっていく

それはたとえばロマンチカのフェロモンをたっぷり撒き散らした男性の性と

モモザワキョウコをはじめとする生身に近い女性の性のギャップであったり

リョウコの性意識が実は女性として貧しい性の技量であったり・・・

フミの、彼女にとっては当たり前でありながら

男性がもつイメージをすこし裏切るような性であったり・・・

 

そして、最後のシーン

性を知った女達の強さと男達の愚かとも思える性への想いの強さ

どこか背徳とされていた性の楽しさと

既存の性概念に縛られることへあざけり

性とはそんなもの・・・

気が付いてみればケラの提示した

性が持つ普遍性にうなずく自分がいて

物語を積み重ねることによってたどりついた結末の説得力に

どこか満たされて・・・・

カーテンコールの拍手をしながら観客は

ケラの創作に対して完成度の高さと力量を感じるのだ

 

いつものことではあるが役者がよい

とくに性の表現、下卑になることなく、昇華させることなく

そこにあるものとして性の行為を描く役者達の力量のすごさ・・・

 

一番感心したのは松永玲子の性に対する演技のナチュラルさというか

一定の力をしっかりかけ続けるような演技である

彼女の演技で舞台上の空間が一気に観客に取り込まれた印象すらある

今回の彼女の演技にはゆるぎがないというか、演技にためらいや力みがないため

それが露骨に性的なものであっても

あるいは修羅を内面に包括するものであっても

観客がひかずに自然に身をまかせられる

演じるものにとっては精神的にもきつい演技だと想像するが

彼女には冷静に役柄がもつ羞恥の度合いを計りながら細かく演じるきるような強さがあって

観客は彼女に吸い込まれるように舞台に取り込まれていく

松永玲子といえば

昔BigBizにもちょっときわどいシーンがあったが

今回はデフォルメされた強さではなく、

内から溢れ出す水が手をこぼれるような演技が求められていて

しかも彼女はそこに微妙な羞恥を乗り越えるような意思までを表現して見せた

もともと役柄にたいして細かく大胆に演技ができる役者だとは思っていたが

さらに内に持つものを透かしてみせるような一ランク上の演技を身につけたのではあるまいか

一種の貫禄と男性の本能に訴えるような力もあり

女優としてのキャパの高さをまざまざと見せ付けてくれた

 

強い演技といえば京晋佑の演技の強さにも取りこまれた

切れがよい。そして切れのよさが浮かないだけの深さが

今の彼の演技にはある

昔、第三舞台のころの京晋佑だと表層的になるような内面を

今の彼はじっくりと表現することができる

また、昔は浮いていたような軽い部分、小僧と呼ばれる要因となっていたような部分が、

今の京晋介には華となっている

好演の長谷川朝晴を踏み台にしてもう一段上という感じの演技が

かれの円熟の何よりの証明だとおもう

 

パワーという意味では

小沢真珠の怪演も光る

彼女の役柄としてはかなりデフォルメした演技が必要なのだろうが

彼女は良い意味で容姿と裏腹の割り切りで

その大役をこなし、同時に女性の本性のようなものまで

見事に表現して見せた

 

その他の役者もいい

すほうれいこは声に魅力がある

演技も十分及第点であるが

それよりも声がよい。

どこか聴くものの心を清めるような響きがある

それゆえ、

みのすけのなかでロマンチカの色香にすりかわる演技に

しっかりとした説得力がうまれるのだと思う

新谷真弓には、役としては地味なのだが、

心の動きをきちんと表現する真摯さを感じる

藤田秀世には独自のリズムがあって

同じように独特のリズムのある村岡希美との相性がよい

かみ合っているのではなく、

お互いに意識せずにかみ合わないようなところが

芝居のトーンを明るくしていた

 

みのすけや安澤千草、長田奈麻・・・

本当に安定した演技である

彼らの演技が支えになっているから上演時間の長さを感じずに住んでいる部分が

間違いなくある

 

最初にも書いたが

この作品には3時間20分の重さを感じさせないような

軽さがある

しかしながら、見終わったら流れてしまうような芝居ではない

しっかりとした何かが脳裏に残るのだ

それは・・・、決して軽いものではない

多分、年齢や性別、人生経験などによって一人ずつ違う何かが

ケラの芝居を鏡に自らの中で像になっていく気がする

たくさんの笑いの裏側に、

実は考えさせるトリガーのようなものを

たくさん含んだ作品なのた

その意味でも近年のケラの作品のなかでも出色の出来であるとおもう

 

ところで余談であるがロマンチカの色香もほんとうにすごい

彼女達が舞台に立つたびに

私の持つ男性の部分が精神的にも物理的にも

強く反応してしまう

彼女達の魅力もケラの戯曲や役者達の演技力同様

他に並び立つ物のない超一級品である

 

 

評価:★★★★★★★★★★( ー)

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