作・構成・出演 竹中直人
作・構成 宮沢章夫
作 ケラリーノ・サンドロビッチ
作 松尾ススキ

 

出演
木村佳乃・佐藤康恵・石川真希

 緋田康人・大堀こういち・井田昇
矢沢幸治・坂田聡


舞台演奏
MEN’s Five

劇評

 

極甘な見方をすれば
多分竹中直人の頭の中に
ある種の背骨はあったのだろうと思う
漫画家が狂言回しや物語のつなぎを行い
漫画家の創作の範疇の中で
兄と妹のそれぞれの存在の意味とあいまいさが
浮き彫りになっていく
フェイズは3つで当代なだたる作者が
同じプラットフォームでの物語を
別な視点で書く
実際に舞台を見た人間がいうのも何なのだが
想像するに竹中直人の構想は
たぶんそんなところだったのではないか

で、現実に舞台に現れたものは・・・
観客が形をつくれないほどにプアーなストーリー展開であった
個々の場面は時々なんとか形になっている
ちょっとしたギャグにはそれなりの出来となっているものもある
見るほうもただその場に身を任せている分には
なんとかやり過ごせたりするのだが・・・
ただ、何を観客に提示し
そのために何を観客に対して表現し
というような姿勢はまったく感じることができない空間が舞台を支配する

これはむしろボードビルショーのようなものに近いのではないか
その場、その場を芸人達手練の芸でつないでいくような・・・
確かに役者はそれなりの個性をもった曲者ぞろいではあったし・・・
多分竹中直人のなかでは
彼らの芸のなかに物語が浮かんで
やがて観客を取り込んでいくような仕掛けがあったのだと思う
ただ、観客にとっては芸が芸以上に見えず
その芸を通じてなにかを広げようとする努力もあまり感じられず・・
結局舞台のできごとと竹中直人の想いの差が
そのまま観客のとまどいに繋がっていったような気がしてならない

それでも見方を変えれば
起承転結のない(あることになっているのかものかもしれないけれどわかりにくい)
物語を提示される苦痛を芸が多少カバーした部分はあったかもしれない
役者自体は個性派ぞろいで結構魅力的だったのだから

男性陣のなかでも緋田・大堀といったところは
観客が身を寄せられるほどに安定した演技だった
バックグラウンドにとぼしいシチュエーションのなかで
観客がきちんとその場にすがれる演技をしていたと思う
矢沢・坂田といったところも求められたレベルの仕事を
きちんとこなしていたと思う
井口は体つきだけである種の存在感を作れる人で
しかもその存在感にたよらずに演技を重ねるところに好感が持てた

女性陣は、ベクトルは個々違うものの
自らの美しさをきちんと表現できていたと思う
少なくとも彼女達が歌い踊る姿が舞台にある時間は
舞台を楽しむことができた

石川真希にはパワーがある
それは歌にしても小さな台詞にしてもそう・・・
きちんと客席にむかってパワーが出ているから
観客が彼女(の所作を)受け止めやすい

木村佳乃は目鼻立ちがはっきりした演技ができていた
また、目に強い力があるのもよいし
一瞬にして雰囲気を自らつくれるのもよい
ほぼラスト近くに歌った「どうぞこのまま」は
あいまいに定義された空間のなかで
まるで砂の上に作られた美しい楼閣をみるような感じにさせられた

佐藤康恵は物理的に美しい
美脚の持ち主とはまさに彼女のことを言うのだろうし
そんな彼女が普通に演技をすることによって
ある種のニュアンスが舞台に加わることは確かである
バレエの一シーンにも感動した
身体の安定感が抜群でなおかつ肩のやわらかさも十分、
おもわずやってきた至福の時間に
物語が形にならないことに対する不安や不満も忘れて
思わず引き込まれてしまった
また、彼女の演技もはきはきとしていて悪くない

生演奏のMen's Fiveも大健闘だったと思う
しっかりと勘所をつかんだ演奏で
すくなくともノるべきシーンできちんと舞台をのせていた
「うまなみ」のちょっとチープな感じが
舞台にマッチして聞いていて楽しくなった

もし、竹中直人が浅草の軽演劇のようなものを目指していたのだとすれば
彼の狙いはある程度成功したといえるのかもしれない
美女と芸達者を集めて
わいわい言いながら観客を楽しませるというだけのことならば
それなりの役者も集めたし・・・
それなりの芸も見せられた・・・
ということだと思う

でも、それならばなぜ松尾スズキ・ケラ・宮沢章夫といった
そうそうたる脚本家たちを集めたのか
唐辛子はどこへ行ってしまったのか?

作劇の意図は?

やはり竹中直人は匙加減をおおきく誤って
ちょっとお客様にはお出しできないものを
作ってしまった感じがしてしょうがないのだ

 

評価:★★★★☆☆☆☆☆☆( +

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