出演
山内圭哉・楠見薫・平田敦子
篠原ともえ・川下大洋・廣川三慶
石丸謙二郎・竹下宏太郎
劇評
エンターティメントとは楽しむこと
観客が後藤ひろひとの手のひらに乗り
軽快な作劇のリズムにのって流されていった1時間40分は
まさにエンターティメントであった
出だしの後藤ひろひとのトーン、作り方のうまさがまず光る
すこし強引に観客を彼の世界に引き図っていく手腕、
別に独創的というわけではなく
特別に大きく奇をてらった設定があるわけでもない
なんというか許容範囲のなかで
しかもありえないようにずらされているというか・・
そのずれに観客はとりこまれる
それは観客にとって不快なものではなく
むしろ現実から舞台へ移る際の心地のよさにすら感じるのだ
元々のストーリーの組み立て上
恐怖の館みたいなイメージは当然に必要で
ただ、それが日本家屋ではなく西洋館になっていたのは
後藤の意図したものへの借景であったのかもしれない
後藤ひろひとが目指していたのは
たとえばウエストエンドのちょっと小さめの劇場にかかるような
ウェルメイドコメディではあるまいか
ひとつずつのシーンがラフなようで実は緻密であり
さまざまな事象がドミノのように次の事象に繋がっていく広がりにセンスがあり
なおかつどこかでばかばかしいと思いながらもながらも
きちんと筋が通っていて納得してしまうような世界
出演者の出方、エピソードの重ね方の癖のようなものに
べたでありなが粋を感じる
どこかで見たような気がしないでもないが
それは歌舞伎などと同じようにある形式のなかで演じられているからだとも思える
作品を見ていてストレスが少ないというか
観客は手のひらの中に物語を収めながら見ることができる
それはより開放的な笑いを観客から導き出す
しかしながら作品に彼の個性がないなどということでは決してない
それは単にジャンルとして彼が今回選んだスタイルが
観客が自分の物にできるベースだったということの結果に他ならない
元々、この手のコメディになるお話にそれほど強い独創性や
複雑な背景があるわけではない
ただ、すこし現実離れした設定があるだけ
しかしながらありふれた素材の組み合わせがもたらす笑いを
絶妙の力加減でひっぱってくるというかこれるところに
後藤ひろひとの強みがあると思う
泥棒と詐欺師の組み合わせにしても
テレビ局のプロデューサーの作った音楽にしてもそう
物語にとって100%スムーズではなく
どこかにかすかな無理をかんじるようなリンク付けを逆手にとって
舞台における歯ごたえのようなものにしてしまうようなところが
後藤ひろひとにはあって
その結果として笑いも単純な深さではなく
かき回されたようなここちよさが
観客に残るのだ
役者達も
後藤ひろひとのもつ粋さを気持ちよいほどにきちんと演じていた
山内・楠見・平田の演じる家族の
どこか下世話でなおかつ説得力をしっかりもった関係が
かもし出す世界の秀逸さをどう表現したらよいのだろう
「ぼんち揚げ」が反則技にならないところなど
役者達の力のすごさのよい例だと思うが
それ以外にも「お釈迦様のお話」などきちんと維持できる強さを
役者ひとりひとりが持っていなければ
成り立たない笑いだと思う
特に平田のパワーには突き抜けるものがあって
それが楠見・山内の怪演を引き出したともいえる
石丸・竹下のコンビには
混ざりそうで混ざらない、対立の面白さがある
それは対立しながらひとつの価値観のなかで一体化している山内家族と
見事な対称をなして描かれる
ストーリの中でもきちんとしたパーツを持つ彼らではあるが
同時に彼らの時間が設定されていて
観客を十二分に満足させるパフォーマンスを披露してくれる
それにつけてもあのダンスが作り出す豊かさはどこから来るのだろうか
もちろん、プロの領域であるとはいえ
石丸謙二郎など超一流の切れがあるとまではいえないのだが
二人とも動作の端々にしっかりとした軽さがあり
見るものを縦横無尽に引っ張っていく
まさに芸達者とは彼らのことであろうし
あるものを躊躇なく目一杯つかう後藤の押しの強さが
うまく機能したシーンだったと思う
へそくり箱のジャグルの部分と合わせて
ある意味地味な役柄ではあるが、
彼らの芸は間違いなく舞台に華を与えていた
廣川三慶は最近の今回のような狂気を表現する役柄が多い
ある種のスタンダードに対して固執するような狂気
何かが狂い始めたあとを表現する彼の演技には
非常に分厚い存在感と説得力があるのだ
後藤ひろひとはそこを使うことに躊躇がない
むしろ彼の狂気が生きるような設定を作り上げていく
それは、ずるいようにすら思えるのだが
彼の演技が物語の芯をしっかりと太く形成したことを考えれば
後藤のやり方は実に理にかなっている
山下大洋にはPiperを縁の下からささえるというか
裏側でしっかりと物語をささえるような度量がある
特別他の出演者より目立つシーンというかおいしい場面はすくないのだが
いろんな部分でいろんな人を支えるだけの
ゆとりが彼の演技にはある
篠原ともえは後藤によって生かされたのではないだろうか?
段取りが多い芝居のなかで
演技に窮屈さがないところがよい
もっと尖ったり冷たい感じになってもおかしくない役柄のなかで
彼女本来の良い意味での弱さやあたたかさのようなものが
きちんと引き出されていたと思う
アンコールの歌にいたるまで
楽しませるというトリガーがきちんと舞台上にあって
手段を選ばずそこに徹するという意思が
出演者ひとり一人のつま先にまでかんじられて
観客はひたすら満たされる
名より実をとるといえないこともないが
ある種の至福を観客にあたえるだけの舞台であったことには
間違いない
評価:★★★★★★★★☆☆( ー)