出演
深津絵里・中村勘太郎・小西真奈美
河原雅彦・古田新太・小松和重・浅野和之
村松武・腹筋善之介・六角慎司・櫻井章喜
峯村リエ・濱田マリ・池谷のぶえ
劇評
野田秀樹20才の時に書かれた戯曲だそうである
その頃の彼はおそらく、まだ社会のことや国のこと、更に歴史の大きさを
鳥瞰するよりも、自らの心に溢れる思いを舞台に乗せたいと思ったに違いない
今の野田作品と比較すると
見つめている範囲が全体にこじんまりしていて
なおかつ外側に狭く内側に広い印象がある
しかし内側がもつ瑞々しさ・・・・
昔、夢の遊民社を初めて観たとき
言葉を全身から発散させるような彼らの舞台に
まるで魔法にかかったように引き込まれた感覚が
そのまま蘇ってきた
戯曲自体は、
たとえば最近野田秀樹が演出した
「透明人間の蒸気」ほど言葉が磨かれているわけではないし
「オイル」ほどに機知に富んでいるわけでもない
昨今上演されている様々な演劇群のなかでは
むしろ平均的ともいえる複雑さと表現の深さを持った作品・・・
一瞬稚拙と感じる表現にも出会う
多分、今の野田秀樹ならしないだろうと思うような・・・
そのとき欠けているのは
胸に溢れながらト書きにも吸い取らせることができなかった
当時の作者の想いなのかもしれない
しかし、野田秀樹の演出は魔法のように戯曲の行間を潤していく
欠けた部分は修正されることなく当時の作者の想いとして受け入れ
時には新しい演出のなかに織り込み
あるいは役者達の動作に浸していく
結果として、ここ数作、野田秀樹が自ら作り演出した作品と比較しても
比べ物にならないほど鮮烈でジューシーな時間が
舞台上に訪れる
たとえ青くても才気が先走っても
素直な台詞に込められたときめき
ありふれたデフォルメからあふれ出す想いの力強さ
舞台に観客を取り込んで離さない演劇上の遊びや
突然露出する実直で生気に溢れた心情
夢の遊民社が得意とした多重構造の物語のなかで
観客は向こう岸からやってくるものへのときめきと
やっては来ないものを待つ切なさに
心を躍らせてしまうのだ
それにしても野田秀樹が舞台上に用意した様々なもの
美しいもの、下世話なもの、ありふれたもの、とっぴなもの
一つ一つのものがなんとかおりたちビビットに見えることか・・・
役者達が繰り出す言葉の雨は
観客が受け止め切れないほどなのに
その一滴に至るまで輝きがきちんと観客に伝わってくる
役者達の動作は、動の部分だけではなく静の部分にいたるまで
柔らかく観客の視線をひきつける
役者達には、夢の遊民社のころとは違った上質さがあった
私が覚えている夢の遊民社の役者達には
信じられないほどの身体的な切れがあたりまえにあって
複雑な内容をこまかくきちんと表現し
なおかつ物語を切り開いていく時の負荷を消し去るような
軽さを観客に与えていた
今回の役者達に同様の身体的な切れを求めることには無理があるだろうが
そのかわり、自分の重さや軽さを消すだけの
間の取り方や感情の見せ方には十分な技量が個々にあり
夢の遊民社時代と遜色がないほどに
舞台全体のもつトーンから重さを消し去っていた
個々に役者をみていくと
古田新太、野田秀樹といったところは
自分のペースのなかで仕事をしっかりこなしていた感じ
野田秀樹が舞台をコントロールしていくときに見せるちょっとシニカルな突っ込みは
相変わらず観客を舞台にひと膝引き寄せる力がある
一方古田新太には戯曲上の感覚的な表現に
実体を与えるような力があって
たとえ戯曲上の言葉が観客の感性にゆだねられていても
上滑りしないだけの実在感を観客に与えていた
中村勘太郎は歌舞伎役者としての形が
良い方にも悪い方にも出ていた印象だが
主人公が持っている弱さと実直さの表現は評価に値すると想う
ただ、強さを表現する部分の立ち上がりがやや緩慢な印象をうけた
とはいうものの、歌舞伎役者らしく決める部分はしっかりと決めていて
舞台のメリハリには大きく貢献していた
河原雅彦には彼の役柄に不可欠な華のような部分がしっかりあって
向こう岸の世界の輝きのようなものを作り上げていた
また、彼の表現する美しいが故の弱さのようなものが、
中村勘太郎と向かい合うシーンの中で大きく生きた
同時に彼の弱さによりそう、
作り物の世界でもなんとなく存在しうるようなような軽さが
見ているものには心地よくすら感じられた
小松重和も軽さに一種の育ちのよさと軽薄さ同時に表現できていて好印象
腹筋・浅野・村松といったところの演技には
さすがにゆとりを感じる
六角・櫻井も動きや芝居にぶれがなく
しっかりと舞台のエッジを支えていた
女優のなかでは小西真奈美が驚くほどよい
寡黙であるべきところでしっかりと静を作れ
パワーを求められるところで十分なパワーを
自然に溢れさせることができる。
河原雅彦をこちら岸に駆り立てる想いを
連合艦隊に模した彼女の長台詞、
あれよあれよという間に現れたシーンの中で
彼女の演技は
凛としていながら力強く抱擁するようなやさしさを持って
客席を力強い高揚感で満たしていく。
もちろん野田演出の勝利でもあるのだが、
彼女の言葉が生み出す艦隊は
単に観客の心を奮い立たせるだけでなく
さらに大きな波を引き起こすような力で客席を圧倒していく
これができるのはきっと天から才能を授けられた役者だけ・・・
まちがいなく女優として大きく化けるに違いないとの
確信を与えるだけの演技に観客は魅了された
深津絵里の演技には
ゆとりと初々しさがしっかりと混在している
言葉がまっすぐに伝わってくるのがよい
切なさと強さを呼吸ひとつで使い分けるような演技力
彼女の透き通った言葉の広がりにはため息が出るほど
彼女が舞台にいるだけで物語の透明感が一段進む
峯村・濱田・池谷のかしまし娘は
3人そろってシンデレラのお姉さん的印象なのだが
動きが多少緩慢さがあっても気にならないほどに存在感がある
それぞれがどんな小さなシーンにおいても
細かい演技を高い技術でしっかりとこなしており
ひとつひとつがボディーブローのように
観客の意識を舞台に向けさせていた
頭の中では忘れていたのに
体が覚えていた夢の遊民社の舞台を見る快楽
なにか久しぶりにたんすの一番奥に眠っていた
宝石にめぐりあったような・・・
劇場をでてからもしばらくその感覚は体全体に残って
夜のいてついた空気を感じさせないほどだった
夢の遊民社の時代からさらに大きく進化を遂げながら
夢の遊民社の勢いをきちんと再現させることができる
野田秀樹のマジックには
ひたすら脱帽をするしかない
演劇は記録に残すことが難しい
しかしその感動は
観客の身体にはしっかり刻まれていることを
しっかりと感じさせてくれた舞台であった
評価:★★★★★★★★★☆( +)