日時 劇団名 タイトル 会場

’05.10月14日 

二兎社

歌わせたい男たち

ベニサンピット

作・演出 永井 愛

出演:
戸田恵子・大谷亮介・小山萌子
中上雅巳・近藤芳正

評価

★★★★★★★★☆☆プラス

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この文章にはいわゆるネタバレがあります。ご了承のうえお読み下さい

劇評

Stage Review 2005

まず、導入部分から芝居のゆとりに魅了される。ゆっくりと夜が明けて日差しがその部屋に差し込むまでの時間が実によい。それは卒業式に翻弄される人々に等しく訪れる朝を実に見事に表わしている。

 

ものがたりはそんなに奇抜なものではない。ある意味社会派ともいえるし、現実に起こったことがある程度忠実に表現されているともいえる。学校における君が代、日の丸問題とその狭間で悩む先生の姿には大きなリアリティを感じる。

食べるために教師になった音楽教師や自分の世界のなかでうまく流されていく保健室の先生、さらには出世を目指す若手教師に、卒業式の君が代、日の丸問題にただひとり抵抗する教師。そこにはなんのデフォルメもない。現実よりリアルな感じがする卒業式の朝の教師達のすがたがそこにある。

 

この舞台が観客に深い感動を与えることができた背景には、現実の見方が実にフェアで忠実だったことにある。特に感心したのは、大谷亮介を校長に配して、なおかつ君が代日の丸を擁護する勢力を物語のヒールとして描かなかったこと。大谷亮介は、昔、日の丸・君が代に反対していたことがばれて、自殺覚悟という雰囲気で屋上で生徒達を説得するシーンがあるのだが、決して彼は悪役になっていない。君が代や日の丸を擁護する演説にはしっかりした説得力がある。しかも演じるのが大谷亮介であれば、その説得力たるやたいしたものだ。今の日本を見たとき、君が代や日の丸を卒業式で強制するほうもおかしいといえばおかしいが、それに対して不起立を行う方もやっぱりどこかおかしい。そのバランス感覚があるからこそ、戸田恵子の最後の歌が本当に生きたし、不起立教師の近藤芳正が戸田恵子演ずる音楽教師に君が代の伴奏を許す最後の動作に、観客は違和感なく心を寄せることができたのだと思う。

 

それにしても戸田恵子の演技には惚れ惚れするばかりだ。力をそれほど誇示することなく、小さな動作やビビットな声で演技をつないでいくなかで、観客はいつのまにか彼女の身長で彼女が感じることを理解し、彼女の言葉やしぐさで表現されるものをあますことなく理解する。大竹しのぶや深津絵里のようにイメージに観客をひきずりこんでしまうような力はないのだが、気が付いたときには彼女の世界がしっかりに捉えられている感じがする。

コメディエンヌとしての間の取り方や表現の強弱のつけ方も超一級品なのだが、シリアスなせりふを語るときの思いを圧縮したような表現はコメディエンヌとしての彼女をはるかに凌駕したなにかがある。そしてその延長線で唄われるアカペラのシャンソンのすばらしさといったら・・・・。凛としているのにやわらかく心をつかむような、ポカリスウェットのように入り込んで心に潤いをあたえるような・・・、想いは解釈でなく歌に込められた感情として近藤芳正につたわり、近藤芳正の想いまでも乗せて観客を包み込む。

 

近藤芳正の演技にもゆとりがあってかなり奇異にさえ思える彼の存在にも違和感を与えなかった。大谷亮介と近藤芳正の絡みはそれだけでもかなり見ごたえがあったし、戸田の歌に眼鏡を置くときの一瞬の彼の表情にどれだけの想いがこめられていたことか。その重さが観客席にしっかり伝わったと思う

 

小山萌子、中上雅巳についても演技に切れがあって好感が持てた。

 

君が代や日の丸について学校でその歌唱を強制させることに対して批判する芝居はこれまでもあった。しかしそれらの芝居は正直言って私の感覚にはなじまなかった。理由は簡単で、それらの芝居の表現がしようとする物語が少なくとも私にとっては非常に嘘っぽく偏ったものだったから・・。しかしこの物語には凝り固まった建前ではなくしなやかな現実がしっかり描かれているから、私は帰り道の地下鉄で物語を反芻するうちにしっかりと君が代や日の丸のことを考えていた。そして、形骸化した革新性は形式主義的な愛国心と同じくらい我侭で保守的なものであることにも思い当たった。

 

この作品はベニサンピットのほか12月まで全国を回るのだという。出演者たちの力量をたっぷり楽しむだけでも一見の価値があるし、物語が持っている背景を自分なり考えてもたくさん楽しめる作品であると思う。自分の国について考えることってあまりなくなったし、大上段に建前論をふるかざす輩と国家を論じるなんてまっぴらごめんであるが、すくなくともこの作品を見た後、私はこの国についてすなおにいろんなことを考えた。国なんてことに縁がなくても、ちょっと自分の足元のことを考える時間をプレゼントしてくれる。もし、時間があればぜひごらんいただきたいお勧め作品である、