日時 劇団名 タイトル 会場

’05.12月24日 

イッセー尾形

止まらない生活

原宿QUESTホール


作・出演 イッセー尾形


この文章にはいわゆるネタバレがあります。ご了承のうえお読み下さい

劇評


Stage Review 2005

評価

★★★★★★★★★☆

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ひさしぶりのイッセー尾形である。友人に誘われてクリスマスイブの特別公演を観ることができた。

 

一番最初にこの人を見たのは、確か渋谷のジャンジャンではなかったかと思う。当時は「都市生活カタログ」みたいなタイトルがついていていたように記憶している。

けっこう受けを狙った演技もあって非常に興味深いものとそうでもない演目のギャップがあったような気がする。そのあと紀伊國屋ホールで見たときにはずいぶんと演目がしっかり練りこまれていて、「一億円」という使い込みをした男がみついだ女性の前で、一億円を使い込んでいるかどうかを検証する話など、たった一人のシンプルな演技でこれだけの求心力が生まれるものかと驚いたものだった。

 

その後2年か3年ごとに彼の演技を見ているのだが、そのたびに同じスタイルのステージなのに彼の演じることに関してのクオリティが進化を続けていることに驚かされてしまう。

 

昔の彼がステージに立つとき、観客は彼の着替える姿を眺めながら次に彼が演じる形態と自分の知っている市井の人々の姿を重ね合わせ、すこしデフォルメされた彼らの物語を楽しんでいた。その形態模写に乗せられた物語のようなものが、ことごとく斬新なものに思えてときには引きつるほどに笑い、あるいはどうしようもない切なさを感じて・・・。

ただ、すくなくとも観客はイッセー尾形の演じる人を観てその人への表現の秀逸さを楽しんでいたように思う

 

しかし、今回の彼の作品を観て、時間を忘れる感じるほど魅力にみちた作品群に引き込まれた後にはたと気が付いたのは、私が楽しんでいるのが彼が演じている人間自身ではなく、その周辺を含めた空間であるという点である。ライトがついて彼が演じ始める人間はある空間へのゲートウェイにしかすぎないのだ。

客席からは彼が演じる人間しか見えないはずなのに、見えもしない彼が演じるキャラクターの周辺の人間が、彼の一挙手一挙動で鮮やかに浮かび上がってくる不思議さ。しかもそれらの人間のなんとリアルで人間臭いことか・・・。最初の物語でイッセー尾形が演じるステーキレストランのマネージャーから夕礼で注意をうけるウェイトレスの働きぶり、まったく情報をなにも与えられていないのに彼女の風貌までをずっと知っていたような気がする。、昔ジャンジャンで見た彼の作り出すバーテンの世界とは明らかに広さや表現の密度が異なるなにかイッセー尾形から放たれていて、理性ではわからない私の中の何かと共鳴しているようにも思える。居直るピザ屋に狼狽する会社員の姿や殺人を犯したとする老年に近い女性の言葉にひきずられる警察の捜査員達、イッセー尾形にこれっぽちも演じられることのない彼らの気配というか姿が明らかにステージに存在する。イッセー尾形演じる理不尽に失業した父を助けるために働く子供達が詳細まで、なんとしっかりと演じることなく演じられていることか・・・

 

落語の表現方法にも一部共通するところはあるのかもしれないのだが、落語とは事象にライトを当てる位置が違う気がする。省略のメリハリと演じるリアリティが深いメソッドはもうイッセー尾形式としかいいようのないものであり、芸でありながら芸を凌駕したなにかがそこに存在するような気がする

 

イッセー尾形の公演は、チケットの販売方法がちょっと普通と違ったり、時間がなかなかあわなかったりでいつも観にいけるわけではないのだが、少なくとも年に1〜2回は見続けたい舞台であることを今回再認識したことであった