日時 劇団名 タイトル 会場

’06.3月20日 

チェルフィッチュ

三月の5日間

Super Deluxe


作・演出 
   岡田利則
出演

瀧川英次・下西啓正・山縣太一・松村翔子
山崎ルキノ・東宮南北・村上聡一

この文章にはいわゆるネタバレがあります。ご了承のうえお読み下さい

劇評


stage review 2006

評価

★★★★★★★★★☆

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観客が取り巻くなにもない空間に二人の男が現れる。彼らは観客にむかって、これから演じることを話し始める。まるで、お茶をしながら友人に最近の出来事を話すように・・・。

観客と役者の関係が実に微妙で、観客はなんとなくそれぞれの役者達の体験談というか聞いた話や思いを聞いているような雰囲気になる。この距離感から物語に入り物語から戻ることで、観客は役者側の手のひらにのることになる

 

物語は六本木のライブハウスで友人が出会った女性と渋谷のラブホテルで5日間を過ごしてしまう話がコアになっている印象があるが同時にそれに付随したいくつかの話が、いろいろな立場から重層的に演じられていく。

いろいろな立場からというのが、この芝居スタイルのキーかもしれない。

個々の語り手の立場において、主観的に、自分のみたもの、あるいは感じたことが提示されていく。それは時に断片的でありなおかつ極めて演じるものの視点もしくは内面の吐露であり、彼らが見ているものの具現化でしかない。ただ、彼らの体の動きが彼らの内面の感情を表現にとりこまれていくなかで、観客は彼らの目で事象を見たり感情を共有することに馴らされていく。

 

たとえば、語り手がライブハウスに行くきっかけとなる、レイトショーにならんで前売り券を売り買いした男女の風景、最初、男性の口から語られるト書きのような映画館前の風景描写は、男が見たり感じた主観にすぎず、チケットを買った女性の行動もまるで友人とのたわいない会話のなかで語られるクオリティにすぎない。しかし、彼女の「勉強部屋」で紡がれるHPの話に移ると、まるで砂漠の真ん中のオアシスにたどりついたように、突然物語は潤いをおび、彼女の心情が場内を水浸しにする。

さらに、男がライブハウスを訪れたことが、映画館でのエピソードからドミノ倒しにつながっていることを知ったとき、東京という街に潜む地下水脈の片鱗を見た想いがした。

 

地下水脈は、イラクでの戦争の始まりという表層の下に流れている、いくつものエピソードの絡まりにも見ることが出来る。デモに参加する二人の男、デモを見る男女、そこに重なりがうまれる。なりゆきのようにデモに参加する二人の男の距離感や感情、それを見る男女の視点・・・、ありふれた渋谷の風景がデモによってすこし高揚しているなかで、彼らの視点の重なりに加えて、見えているものに対する意識の喪失すら知る中で、彼らが見る渋谷の街が浮かび上がってくる。彼らが渋谷を見るとき、渋谷の全てをみているわけではない。彼らにとっても渋谷は自分が認識する部分だけであり、それらの重なりは表層的な渋谷の風景とまったくことなる世界を浮かび上がらせる。

 

5日間ホテルにこもっていた男女のそれぞれの視点からの表現も非常に秀逸で、特にメソットになれた中盤以降の彼らの一言ずつには取り込まれる思いだった。男女が語る5日間の言葉や動作は相変わらずしっかりとデフォルメされているのだが、その感情の深さや視点に対する意識の軽重の表現には非常にリアリティがあり、観ているものに対して心情をやわらかく浸潤させていく力があった。特に女性の言葉にはその軽重がシームレスにしっかりとあらわれていて、彼女のエトランゼ感やカレーを食べた満腹感までがダイレクトに入ってくるような印象があったし、彼の言葉は2ダースの避妊具の消費されていくイメージとともにゆっくりと私を捉え続けていた。それらの言葉は映画館で前売り券を買った「みっふぃー」さんと同様、驚くほど瑞々しく思えた。彼らのイラク戦争に対する視点にも強い説得力があって、一般的に語られる感情との落差に思わず取り込まれた。

その後の彼女の行動の説明をしっかりと実態として捕らえることができたし、彼が翌朝友人に話をした行動やその内容も自分の感情の一部として捉えることができたのも、彼らの演技がしっかりと観客に突き刺さっていたからだと思う。

 

最後に、これが最後のシーンですという説明のあと、男女が別れるほんのすこし前のエピソードが演じられる。デフォルメなしに・・・。当たり前の時間のなかで・・・

その瞬間、今まで、観客の中にあった感情は霧散し、表層的な東京に観客は一気に引き戻される。そこには、ビルの形状と車や人の流れのイメージだけの東京が戻っていて、寂寥感とそれまで目の前に展開していた物語の現実感のかけらだけが残っていた

 

Super Deluxeという開場がもつ雰囲気やある種のプレーンさ、さらには役者達の訓練された演技力によって、すりガラスの向こうの世界を見たような感覚、多分この印象はしばらく私の記憶から消えないのではないかと思う