| 日時 | 劇団名 | タイトル | 会場 |
|---|---|---|---|
’06.4月26日 |
MCR |
シナトラと猫 (猫編 |
駅前劇場 |
作・演出 ドリル 出演 関村俊介・福井喜朗・櫻井智也・伊達香苗・中川智明 おがわじゅんや・黒岩三佳・北島広貴・伯美乃里 上田楓子・高橋裕子・渡辺裕樹・江見昭嘉 宮本拓也・小野紀亮・山田奈々子 |
この文章にはいわゆるネタバレがあります。ご了承のうえお読み下さい
最初、いや中盤まで、ぬるい芝居だとおもっていた。
ひとつのベースに対して3つの視点からの芝居を日替わりで行うとのことで
大丈夫なのかなと心配だったこともあり・・・
いきなり出だしから勢いが先行していて
そりゃ退屈感はまったくなかったしたっぷり笑いもしたが、
演技が場当たりで、あんまり練られていない感じだったし
設定だけ決めてエチュードをやっているような感じ
主宰の櫻井氏なんて舞台の上でけっこう素で笑っているし・・・
猫はとくに演技をするわけではなくマイペースでちょっと拍子抜けだし・・・
ただ、それでも舞台の空気が妙に心地よくて
ぼんやりと眺めていると時間がどんどん過ぎていく
舞台の右側のめくりはシーンごとに時の流れをつげて・・・
生まれたばかりの猫が1歳になり2歳になり6歳になり10歳を超え・・・
剥がされためくりは丸められて捨てられた時間が舞台のすみに転がされて・・
子供達は時間とともに成長し親達は相応に齢をかさね
猫はそれでも猫のまま・・・
現実には笑えないようないろんなことがあって
それでも変わらない時間があって・・・
平凡に市井を流れていく時間に生きていくすがたは違うのだけれど
その色や形は変わりはしない
いくつのも中途半端な物語はすべて青空の下の空き地の光景と同じ
そもそも、ぬるいと思っていたその光景は
たとえば自分の日常、繰り返される毎日そのものだときずいた時
突然、舞台の上のぬるいはずの日常が
私の中ではこのうえもなく貴重でいとしいものにその姿を変えた
最後の時間がせまり、毛が抜けるようになり、死を悟ったとき隠れるはずが
ずっといた空き地に戻ってきてしまった猫の台詞を聴いたとき
舞台に打ち捨てられためくりに刻まれた時間こそ
このうえもなく捨てがたいものに感じられた
櫻井智也の持つ世界観に心をしたたかに揺すられた印象・・・
役者では福井嘉朗が一番印象に残った。
芝居が流れずにしっかりと踏みとどまったのは彼の世界が
常に存在していたからだとおもう。
他の役者にも一定の安定感があり、それがラフでありながら
しっかり作られた芝居の輪郭を形作っていたと思う。牝猫役の関村俊介のがまんも
けっこう舞台には効いていた。
かれの朴訥な最後の台詞は帰りの電車に乗ってからの私をうるっとさせた