日時 劇団名 タイトル 会場

’06.12月14日 

野田MAP
ロープ シアターコクーン
作・演出・出演 野田秀樹

出演 

宮沢りえ・藤原竜也・渡辺えり子・橋本じゅん・宇梶剛士
三宅弘城・松村武・中村まこと・明星真由美
明樂哲典・AKIRA

この文章にはいわゆるネタバレがあります。ご了承のうえお読み下さい

劇評


stage review 2006

評価

★★★★★★★★★★

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野田演劇のなかでは、比較的シンプルな構成の作品だと思います。

大きく世界を膨らませるなかで見せるテーマではないからかもしれません。

そこに語られるべきことに装飾が必要ないからかもしれません。

プロレスという世界、そのリングの中で、プロレスラー達は戦いに巻き込まれていきます。最初は自分の手練手管、想いの範囲で戦っていたのに、誰かがつくった仕組みのなかで次第に戦いはエスカレートしていきます。やがて、それはリングの中での正義のためなら何でも許されることに話がかわり、そこに、あのミライ(ソンミ村)の物語が重なっていきます。

一本道に近い物語の進み方。傍系の物語にもあそびはない。プロレスから戦場の物語にいたるまで、リングの下に引きこもっていた女はその言葉ですべてを客観的に表現していきます。正義がどちらにあるのか、どちらが正でどちらが悪なのか、その境があいまいになるなか、彼女はリングの中でおきたことの実況を続けます。その言葉はミライに至るまで、そして至っても何も隠しません。

闘争心のエスカレーション。八百長と八百長のぶつかり合いが、さらに煽り立てられるように仕組まれて。
脳漿が飛び散り輪姦が行われイヌを撃つよりためらいなく人が撃たれて・・・。
命が数ですら数えられなくような世界にいたるのです。

しかし、何が起ころうとそこで戦うものは罪を問われない。
なぜならそこはリングだから。
仮面をつけたレスラーと戦う戦士達たちにとって、仮面をつけたものは敵の証であり敵と戦うことこそが正義だから。となる。自分たちが理解できないものはそれだけで仮面をつけていることになり、仮面をつけたものが敵となれば、仮面をつけたもの全てを蹂躙することが正義だから。リングサイドで煽り立てるものたちの愚劣さとリングに立つものたちの愚直な独善、それらを説明していく実況中継は耳をふさぎたくなるような世界を隠すことなく語り伝え・・・。

やがて、気づいたときそこにはもうひとつの事実がある。
リングを離れたものは罪に問われるのです。

追われ、逃げて、やがてそのプロレスラーは引きこもる。

 

物語の構造にけれんがなく、真理が骨太に織り込まれています。
何が、あるいは誰が、
ロープで囲まれたリングというメカニズムのなかで戦いをエスカレートさせ
惨劇にいたらせしめたのかを
役者の勢いと説得力で一気に導いていく手法に、
観客はただフリーフォールのごとく落ちていきます。
まるで、天気のよい朝にたった4時間で滅びた村の住人と同じように
身構えることもできずに舞台上のリングに引き込まれていく。
その手練のすごさ。
実況中継という手法で観客は包まれるようにリンク上のカタストロフ熱を浴びせられます
 

引きこもっていたプロレスラーとヒールを嫌っていたプロレスラー、八百長が八百長にならなくなったとき、戦いは正義をもとめ、やがて正義は必要に応じて作られていく、言葉にすればそれだけの話。ただ、そこに巻き込まれる事実がいかに容易に作り上げられて、あまりに凄惨な行為をも人に強いることができるかをこの物語は伝えていくのです。

それを狂気と呼ぶのはたやすいのですが、狂気には狂気にいたる道筋がある。
たとえば反戦を声高に叫んだとしても、
このメカニズムを止められるわけではないのでしょうし、
まして反戦の戦いなどと、矛盾に満ちた言葉を
正義の服をきせて平気でおっしゃっる輩までいらっしゃるとすれば
形骸化した反戦のシュプレキコールでとめられるものなど何一つない。

ただ、リングがそこにあるとき、起こりうる惨劇を、
そこでくりかえされるであろう実況中継を想起する目を持ち、
それを伝えることしか人にはできないのだということだと思います。
リングの下で引きこもっている人のことを想起する知性と良識があれば、
このメカニズムを止めるだけの知恵もきっと浮かんでくるのでしょうから。

 

役者では、宮沢りえの出来が本当によいです。意図してのことかはわかりませんが、ちょっと喉をつぶしたようなハスキーな声が実況中継の説得力を大幅に高めて・・。

それよりもなによりも、彼女の中庸な演技は、舞台全体が熱く変わっていく中で、真実を描ききるだけの力を持っていました。

藤原竜也には物語のロジックを上り詰めるだけの体力があって、宮沢りえの持つ力をさらに引き出していたように思います。彼が登っていくロジックだから、説得力が生まれた気もするし。

しかし脇を固める役者達の演技、本当に安定していて・・・。宇梶剛士の人を喰ったような演技にも違和感はなく渡辺えり子のデフォルメが入った演技も舞台にしっかりなじんで。

明樂哲典 AKIRAも本当にしっかりと動けていて・・・。

明星真由美も動きにしっかりと切れがあり、中村まことも人を喰ったよう部分が良く出ていて・・・。村松武の通る声と橋本じゅんの絡みもよく、三宅弘城もしっかりと野田秀樹や渡辺えり子と合わせながらちゃんと自分の演技をしているし。

すこしだけ野田秀樹の動きに陰りが見えたのが気にはなるけれど、背後にこのクオリティーがあるからこそ宮沢りえの力がよく晴れた朝の4時間に開花したのだと思います

 

最後に、リングの下に引きこもる者の存在を示す小さな動きでこの芝居は幕を下ろします。

アンコールは4回ありました。
そのとき、真摯に野田秀樹が求めている実況中継を想起するだけの知性が、
私を含めた全ての観客に
そして、このときだけでなく将来の自分にももたらされることを願う気持ちになりました。
野田の冷徹な観察力と表現が、アンコールの拍手をする私から
それだけの気持ちを引っ張り出すだけの力を持ち合わせていたということなのだと思います

いずれにしても、野田の秀逸な戯曲群のなかでも、大きな位置を占める作品になると
感じたことでした。