| 日時 | 劇団名 | タイトル | 会場 |
|---|---|---|---|
’07.4月20日 |
コンフィダント(絆) |
Parco Produce | パルコ劇場 |
| 作・演出 三谷幸喜 出演: 中井貴一・寺脇康文・相島一之・堀内敬子・生瀬勝久 Piano:荻野清子(音楽) |
この文章にはいわゆるネタバレがあります。ご了承のうえお読み下さい
本物のゴッホ作品を一番最初に見たのはロンドンのナショナルギャラリー、ひまわりの絵だったが、そのときの不思議さが今も忘れられない。なにかそこにだけ違う時間が流れているような不思議な感覚。後にNYのMOMAで満点の星を描いた作品を見たときも同じ、極めつけは一昨年NYを訪れたときに見たグッケンハイム美術館の風景画を見たとき・・・。
あの絵は間違いなく次元を超えた世界に存在していた。
で、絵葉書や画集を買ったのだがそれはやっぱり紙の上に描かれた世界にすぎなかった。
模造の絵画なども見たがやっぱり同じ・・・。
さて、コンフィダント・絆である。4人の画家共通のモデルとなった女性の昔話として語られる物語は、シンプルで豊潤、冷徹であたたかいというちょっと不思議ないくつもの果実を実らせていく。
三谷幸喜は物語の顛末より、登場人物たちの描写と彼らの織り成す空気より少し重く底ふかい人間の業のようなものを真摯に描いて見せた。
物語の伏線のようなものは少ない。むしろ自分で伏線を仕込むというよりは歴史的事実を物語のフレームとして利用し、後年彼らが残したものと舞台上に展開される世界を繋ぎながら人間くさい彼らの姿を描写し掘り下げることに力をそそいでいるように思える。
絵画に対しての姿勢、女性に対しての態度、そして天から与えられた等しからざる才能に対するそれぞれの対し方・・・。
これまでの三谷幸喜であれば登場人物をチェスボードにのせて、その関係性からデフォルメされた彼らの姿を浮き上がらせる手法をとったに違いない。しかしコンフィダントでは彼らの関係性が必ずしも物語のコアになっていない。画家達とモデルひとりずつを豊かに描くことにより彼らが生きた空間の雰囲気やそれぞれの思いを愚直に、なおかつ冷徹に表現していく。しかし、冷徹な表現が冷徹な舞台を作るわけではなく、冷徹さによって初めて生まれる精緻さによってのみ表現しうるぬくもりを三谷は惜しみなく使っていく。
彼らの色を表す作業に費やした役者達の多くのしぐさや台詞や間が、ラストシーンの希望と寂寥がいりまじった空間を言葉にならないほどの豊潤さで満たす原動力となる。
例をあげれば才能の分配にかんする神の残酷性を表現したのは今回が初めてではないが、たとえば「彦馬がいく」に見られた同様の表現と比べてもそこに深い人への慈しみのようなものが加わって観客を深く椅子に座らせる暖かさを現出させた。ゴッホの才能と破綻をこれほどナチュラルな実感として描きえたのは三谷の描き方が愚直なほどに一貫していたからに他ならない。
物語を仕組みではなく、要素をしっかり描ききることに比重を置いた三谷幸喜の作品は一時の巧みさが先立つ状態から抜け出しもう一段の進化を遂げたように思える。
それにしても堀内敬子の演技をどのように表現すればよいのだろう。瑞々しさとやわらかい熱をもった演技は、物語の4人の画家たちを満たすオイル漬けオリーブ油のように舞台を満たしていく。
ゆったりとしているのに歯切れがよく、しかも余韻を残す・・・。周りの役者がへぼだと彼女ひとりが浮いてしまうほどの力を持った女優・・・。彼女の歌声でつながれた場は、今と登場人物たちの生きた時代を蝶々結びのように繋いでみせた。
萩野清子の包み込むような、しかし小粋な音楽にしっかりと乗った歌声・・・。観客を単に魅了するだけでなく時の儚さまで表現して見せた。
男優4人についてはいまさらなのだが・・・。生瀬ゴッホの無垢な部分の表現にこれほどの説得力があることにまず驚愕。無垢が本来持つ汚れ、そして才能に恵まれたものの残酷さまでを手練の演技力でやわらかく表現して見せた。
中井貴一の生真面目さも今回は生きた。もちろんストレートプレイも十分こなせる役者であろうが、この人が一番適しているのはコメディーではあるまいか。笑いを取る場面でつっぱりきる力が半端ではなく、それゆえ笑いをとった後にさらに観客を笑わせるスペースすら残していく勢いがある。スーラがゴッホに対する嫉妬を抑えられずに企てたこと、その一瞬の中井の表情は思わずため息がでるほど・・・。
寺脇康文のゴーギャンには作られた奔放さに裏地がちゃんと貼ってあって、堀内との絡みや最後のゴッホの関係に不自然さを与えない。裏地に不自然さがなく物語にしっかりフィットしているのはひたすら寺脇の演技力なのだが、その力を意識させないところに寺脇の更なるすごさを感じた。
相島一之は抑えた演技が多かったが、自転車を低速で乗りこなすような力を感じることができた。ラストに近いシーン、仲間達が決別するときの相島の演技にはぐっと抑える力のものすごさというか破裂しない熱を内包されていて・・・。それが物語に次の時代の扉を開かせたような感じさえした。
ゴッホの絵が違う次元の世界を彷彿とさせるように、三谷の世界も何か異なった世界に観客を導く。
そもそも、この話のテイストは間違いなく喜劇なのだ。しかし、三谷がいろんな重さや熱をとてつもなくしっかり作るものだから、そのぬくもりとさまざまな存在感が時代を鳥瞰できる位置に押し上げられたとき、観客の心が震える。最後の暗を待たずに会場で拍手が起きた。違和感のないフライングの拍手だった。
間違いなく三谷幸喜はこの作品で新しい扉を開けたのだと思う。役者のレベルはそれだけで瞠目するしかないのだが、天才・上手といわれながらそれを意に介することもなく、まるでゴッホのように自分の想いを止めなかった三谷にも同様の賞賛の拍手が与えられたのだと感じた。