日時 劇団名 タイトル 会場

’07.2月11 日 M 

北九州芸術劇場プロデュース
地獄八景・浮世百景 シアター1010
評価

★★★★★★★★☆☆

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昔から落語は大好きで、それゆえ非常に興味深い舞台であった。

特に関西出身の私としては上方落語のてんこ盛りはたまらない。ただし正直なところかなり通好み。

落語の取り込み方にはかなりムラがあって天狗裁きなどはもろに取り入れられているし、らくだや千両みかんのようにさわりだけ使われている部分もある。三枚起証(明烏)のように男女が逆バージョンになっていたり・・・。
ただ、そのやり方がとても洗練されている。はめ込む面白さはあっても、はめ込むことのいやらしさがない。それは物語の流れのなかにパロディ的な部分が精緻につながれていることと、そのつながれ方を崩さない役者たちの演技力によるものなのだと思う。

まあ、その精緻さが演出を控えめにしたというか本来奔放であるはずである上方落語の世界を若干シュリンクさせたのも事実なのだが、功罪ということでいえば功の方がはるかにまさっているのではないか。 

天狗裁きのくだりが一番原本に忠実だったかもしれない。」とか「崇徳院のくだりが一番勢いがあったが、はてなの茶碗でくずしたところはちょっとやりすぎか・・・」、あるいは「さすがに最後に大王のんで下してしまうというわけにはいかないのね」といった風に自分が知っている噺とイメージの差を楽しむためには、灰汁があまり強い芝居を積み上げるより、ちょっとパステルトーンのような演出の方がよかったような・・・。

まあ、落語をしらないと、「なんやえらいあっさりしたしばいやなぁ・・・」ってなことになってしまうのかもしれない.
そもそも、高津の富をしらないと、なんで富くじが出てきたのかわからないといって小破綻もあったりするのだろうし、千両みかんの話をしらないと「このあいだむすこに千両のみかんを買ったのに」の面白さが生きてこない。そういう意味では客をえらぶ芝居だとも思う・・・。

 

浮世絵風の町並みパネルの上げ下げや、布でつくる血の池など、観客の完成を生かした演出も好感触なのだが、まあ、好きなもんが好きなように演じて、楽しむもんが気持ちよう楽しむという芝居があっても良いのかもしれないが、同時に東京で上方落語はちょっときついかなという感じもした。でも、こういう芝居もあってよいのではとも思う。

 

役者では佐藤アツヒロ、高橋由美子がはっきりくっきりの演技。出口結美子も目を惹く演技を見せた。升毅はもっと重く使われてもよいかなと・・。松尾貴史もびっくりするほど抑えた堅実な演技だった。市川笑也、小松利昌にはそれぞれ華がある。桂吉坊の声のとおりの心地よいこと。

 

で、実質的にこの芝居の屋台骨を支えたのが松永玲子と山内圭也の二人・・・。

松永玲子の力加減のうまさ、本当に共演者がしっかりと浮かび上がる演技ができる。主役を張れるだけの力をふっと溜めて絶妙な脇に徹しているところにすごさを感じた。その片鱗はナイスエイジの演技にもあったのだが、今回の彼女の演技は高橋由美子を十分に引き立てて自分も浮かぶという、二律背反ともおもえる演技をあっさりとやりきった。

山内圭哉も、しっかりと力を溜めて見せた。この人の脇役は本当に映える。相手の役者のちからをコントロールしているようにさえ思える。

 

この芝居がもつトーン、好き嫌いはあるのだろうが、私はもう一度浸ってみたいと思う。落語を存分に生かした続編、できないだろうか・・・上方落語がすきで、今回のような芝居の表現を十分に満喫したいと内心思う潜在的なファンはもっとたくさんいるような気がするのだが・・・。

 

しかし重ねがさね、ある意味客を選んでいる・・・。洒脱というか内容が洗練されている分、ますます賛否が分かれる舞台だと感じた
でもギリシャ悲劇だって歌舞伎だって予備知識があるとないとでは楽しみの量が全然違うわけて、
個人的にはこんな芝居もありだとは思うのだが・・・

いかがなものだろうか

 

監修:桂米朝  脚本:東野ひろあき 演出:G2

出演:
佐藤アツヒロ・高橋由美子・山内圭哉・松永玲子
小松利昌・出口結美子・桂吉坊
市川笑也・升毅
松尾貴歴史

この文章にはいわゆるネタバレがあります。ご了承のうえお読み下さい

劇評


stage review 2007