| 作:井上ひさし 演出:蜷川幸雄 出演: 古田新太・田中裕子・壤晴彦・段田安則 梅沢昌代・六平直政・山本龍二・松田洋治 神保共子・景山仁美 ギター演奏:赤崎郁洋 |
| 日時 | 劇団名 | タイトル | 会場 |
|---|---|---|---|
’07.05月18日 S |
ホリプロ/Bunkamura |
薮原検校 | 文化村シアターコクーン |
役者がそろったとはこういう舞台を言うのでしょうね・・・。
極悪薮原検校の一代記、冷静に考えると陰惨でひどい話なのですよ。暗く淫猥な東北の村に端を発して、江戸に出て高利貸しの取立てで才を発揮し、やがては検校に上りつめようというその時に・・・。昔の女との因縁で最後は極刑に処される・・・。
しかし、こんな話が極上のエンターティメントに化けるのは、作者の描き方と演出家の才の表れ・・・、さらにはそれらを具現化する役者の力・・・とありきたりな表現ですが、それこそ観客に口をあんぐりあけて見るがよいみたいな、あっという間の3時間にはあがなうことができない。
冷静に振り返ってみると、ひとつひとつのシーンに演出蜷川の創意がしっかりこもっているということなのでしょうね・・・。比較的オーソドックスな演出とも思うのですが、ここ一番でぐっと惹きつける力があって、しかもシーンごとにその力が放つ色がきちんと違う・・・。役者がそれぞれのシーンにしっかりと自らを落としこんでいる・・・。だから同じ役者がさまざまな役をやってもまったく違和感がないのです。六平直政が7役をこなしても観客は頭の切り替えを強いられた感じがしないすごさ・・・。芸とは円熟するとここまで行き着くのかと驚かされます。山本龍二もそう、ここ一番の弱さがしっかり出ている・・・。弱さに無理がないのです。そう、女房を寝取られたときの弱さや役人に虐げられたときの弱さが染み入るように伝わってくる。松田洋治もそう、彼の松平定信は観客の想像力を借景にしない・・・。観客のなかに松平を沸きあがらせるような演技をするのです。梅沢昌代からあふれる情などもう見入ってしまいますよね・・・。神保共子にしても景山仁美にしても、ちょっとしたしぐさが舞台に馴染んで世界を作り上げてしまう。縄とちょっとした松の書割などでもそこには東北なり江戸なりの市井の姿が見事に浮かび上がってくるのです。
歌も効果的でしたね・・・。70年代に春一番コンサートあたりでやっていたような曲に乗せて語られるのは、戯れ歌・・・。語呂がよくて耳に馴染んで・・・棘もある・・。
それは舞台の陰惨な物語をつつむ世間の雰囲気として舞台の幅を広げていました。
もうひとつ、この芝居の良いところは、壤晴彦の語りが物語の輪郭をしっかりと作っていること。それこそ目の不自由な方が彼の語りを聞いているだけでも十分楽しめそうなくらい・・・。語りになんともいえない味があるのですよ・・・。ギターの赤崎郁作が奏でる見事な伴奏にのって物語が流れていく感じ・・・。さらに場ごとのタイトルがプロンプトのように表示されたり、歌詞が表示されたり・・・、ギター自身が効果音を作り上げたりで、観客は高級外車に乗せられたようなスムース感で物語を追うことになります。
ここ一番の見せ場もありました。古田新太の早物語、さすがに芸達者の彼も、大汗かいていっぱいいっぱいの演技でしたが、それは見ごたえがありました。間違いなくあるレベルを突き抜けた芸になっていた。終わって場内大拍手でしたが、ほんと拍手をしたくなるような演技でした。許されるのならおひねりを投げたかったくらい・・・。
古田新太を見るのは2年ぶりぐらいですが、わずかの間に懐が一段と深くなった印象があります。
田中裕子、舞台は初見です。とっつきは意固地で冷徹、計算高い悪女の印象がきちんと出ていて、しかも裏にある情欲というか、男から観れば堰を切ってあふれ出すような色香のあふれんばかりなのには目を見張りました。だんなの前で弟子との情交をかわす場面などちょっと硬質な声が表情とともに溶けていく感じで・・・。外側がしっかりと作られているから、その内側にある魅力が伝わってくるのでしょうけれど・・・。本当、惚れ惚れしました。
段田安則の塙保己一も静かな怪演、松平定信との対面のシーンには見ごたえがありました。
見事な台詞の間というか、ため・・・。ここ一番で凛として薮原検校の処分を一気に語るその弁舌のさわやかさ、そして裏にある想いをにじませる演技の深さ・・・。よいものを見せてもらったと思います。
ただ、これだけの演技や芸を時間を忘れて見せてもらっても、劇場を出るとき抱えきれないなにかを感じることはありませんでした。そこが、井上ひさしの戯曲と蜷川幸雄の演出のなせる技・・・。芸を詰め込み、役者にまぐわいの演技までさせて、人を殺させ騙させて脅させて・・・、最後の場面でそれすらも人々の日々の暮らしに仇花とお上に薮原検校を葬らせてしまう・・・。祭りがあるから市井の人は日々の暮らしに耐えられる、それこそが華と、蕎麦をたらふく食わせた上で腹を二つにして逆さになった首を落とす・・・。
それが祭り、それがハレ・・・。28年間悪行を尽くしたとはいえ、ある意味自分に正直に生きてきた2代目薮原検校の生きる意味だと塙保検校、世への無念をぐっと腹に押さえて松平定信に付けた知恵・・・。舞台中央に浮かんだ真紅の飾りこそがそのハレ姿。井上ひさしの世の中をみる醒めたまなざしを蜷川幸雄は見事に表現して見せます。
それまでの物語や芸が一夜の夢ととり散らかることなく、作・演出の見事に醒めたまなざしで組み上げられた普遍性という名の紐でくくられて、観客の心に押し込まれて・・。
明かりが消えたらはい終わり・・・。あっという間の3時間がどこかに消えてしまっている・・・。
芝居とは所詮そんなもの・・・、作り手のその達観がまた観客を惹きつけるのでしょうね・・・。
蜷川・井上恐るべしといったところでしょうか・・・。
この文章にはいわゆるネタバレがあります。ご了承のうえお読み下さい