禿禿祭「命を弄ぶふたり」でケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下ケラ)が岸田戯曲を演出したのを見たとき、そのテイストには感心したのですが、ケラ自身が喧伝するほどの面白さは感じのいうのが正直なところ。それは、岸田國士の戯曲の背景が十分説明されていなかったのが一因であったことに間違いはありません。今にして思えば時代とか、当時と共通するもの、あるいは当時と異なるものが観客に十分提示されていなかったのが、戯曲全体の理解をそぐ結果になってしまったような気がします

 

それにくらべて、今回の「犬を鎖に繋ぐべからず」で、ケラは大正から昭和初期の東京の雰囲気を、いくつもの小戯曲を重ねることによって見事に表現して見せます。素地を作ったうえで岸田戯曲の世界を潤色していくのです。

 

当時の日本語はちょっと古ぼけていて、でも伝えうるニュアンスは今の言葉と比べても遜色がないどころか、遥かな豊かをもちあわせていて・・・。市井の暮らしぶり、今より少し建前がまさっていた生活の本音などが柔らかくなおかつ溢れるように丸い劇場を包んでいきます。得意の映像などで観客をくすぐりながら時代を80年ほどスリップさせて、井出茂太の独創的かつ秀逸な振り付けで、モダンな昔を意識づけて・・・。結果として1900年代前半の雰囲気が等身大に思える、ふっと引き込まれるような3時間が現出しました。

 

着物も物語の雰囲気をつくるのにとても有効でした。

単に時代を表すだけでなく、その時代のモダンさのようなものも着物は表現していたように思います。冷静に考えて見れば、和服ってとても派手だし、デザイン的に遊びも多い衣服なのですね・・・。大正から昭和初期の今が劇場空間に構築されて・・・。

 

岸田の時代が等身大になった瞬間に、岸田戯曲がまるで魔法のように命を与えられます。心の機微、夫婦間の愛憎、ちょっとシニカルな表現、アンニュイなかおりを付けた真摯な気持ち・・・。「屋上庭園」の心理描写のみごとさ、「隣の花」に漂う生活、愛情、そして夫婦の心がかすかに軋む音・・・。

役者の質とあいまって、非常に粒子の細かい時間が舞台を支配します。

 

劇場もこの芝居にはちょうどよい大きさで・・・。その世界を見るのではなく、その世界にいるという感覚で観るからますます岸田ワールドに時代の壁が消えていって・・・。

でも、時代の粋はきちんと残っているところがまた良くて・・・。

昔の山の手言葉やちょっと伝法な表現・・・「そうでござんすね・・・」なんて表現が小気味よく粋で・・・。

 

もちろんケラ潤色が効いている部分もあるのだろうけれど、岸田戯曲がもつ普遍性や遊び心までが心を満たしてくれる・・・。印象の深い舞台になりました。

 

役者のクオリティは高いですよ・・・。松永玲子には貫禄がついてきました。なんでも出来る器用な女優の域をさらに踏み越えて、主役をしっかり張れる女優へと肝がさらに据わった感じがします。みのすけの演技も深さが増した感じ・・・。男の業のようなものがしっかりと観客に伝わってきました。新谷真弓はキャラクターを演じるのではなく、キャラクターを背負うような強さが身についてきた感じ、村岡希美の切れというか抜けのよさや長田奈麻の懐の深さにも感心したし(萩原聖人の演技が見事に生きたのは彼女の功績だと思う)安澤千草のパワーにも舌を巻きました。また、少し前に若手といわれた役者達の成長著しいこと・・・。芝居が堅実でぶれがなくしっかりとしたゆとりのある演技ができている・・・。ケラはきちんと人を育てていることがよくわかりました。

客演では、緒川たまきが目を惹きました。役を薄絹のようにまとう感じ・・・。どこかはかないところと、強い思いのようなものが見事に混在した演技が出来ていて・・・。萩原聖人も味がありましたね・・・。満たされぬ思いの表現に無理がない・・・。

植本潤と大河内浩の二人芝居には思わず見とれてしまいました。岸田戯曲の真骨頂とでも言うべきか・・・。二人の男の間にある溝がとても緻密に描かれているというか・・・。二人の演劇的空間に観客を見とれさせるような密度があるのです。

松野有里巳の新鮮な色香にも惹かれました。

 

岸田戯曲のよりすぐり、いくつもの小品がそれぞれに重ねあわされ、まるでその時間に暮らすような錯覚の中で、すこしビターな、どこかほほえましい、安らぎに満ちた演劇空間に接して・・・。こういう演劇の満足感ってとても新しい気がするし、大正から昭和にかけての時代にこの上ないみずみずしさを感じて・・・、知らない程度に近い昔に憧れすら感じさせる、ケラの作品構成力には瞠目するばかりです。

 

 

 

評価

★★★★★★★★★☆

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作:岸田國士
潤色・構成・演出:ケラリーノ サンドロヴィッチ
振付:井手茂太

出演:
松永玲子・みのすけ・村岡希美・長田奈麻・新谷真弓
安澤千草・藤田秀世・植木夏十・大山
鎬則・吉増裕士
杉山薫・眼鏡太郎・廻飛雄・植木幹斗
緒川たまき・大河内浩・植本潤・松野有里巳・萩原聖人
日時 劇団名 タイトル 会場

’07.05月26日  

ナイロン100℃
犬を鎖につなぐべからず 青山円形劇場         

劇評


この文章にはいわゆるネタバレがあります。ご了承のうえお読み下さい

stage review 2007